おおはし まさ のぶ。 法務省:法務省幹部一覧

平安人物志関連短冊人物インデックス

おおはし まさ のぶ

棋士番号のある棋士 [ ] のある将棋棋士の一覧。 青色の行は元棋士(日本将棋連盟退会者)。 棋士番号73から114までは、制度でのプロ入り。 棋士番号184以降は、現行の制度でのプロ入り(ただし、259・299・321は編入試験によるプロ入り)。 現役棋士は169名(2020年6月19日現在) 棋士 番号 よみ 氏名 段位等 現役時 段位等 出身 師匠 生年月日 年齢 プロ入り年月日 (四段昇段日) プロ入り 年齢 引退 死去 享年 タイトル 歴 備考 1 こん やすじろう 9名誉 九段 8八段 秋田 1890年 - 100011912年 22歳? 1947年 1980年 0 89 2 きむら よしお c14 8八段 東京 関根金 1905年 0 - 100021920年 15歳? 1950年 1990年 0 88 4 わたなべ とういち 9名誉 九段 8八段 千葉 関根金 1905年 - 100041923年 18歳? 1949年 1985年 0 79 5 はぎわら きよし 9九段 8八段 兵庫 土居 1904年 - 100051925年 21歳? 1964年 1987年 83 6 なかい すてきち 8八段 7七段 大阪 1892年 0 - 100061925年 33歳? 1952年 1981年 0 88 7 おおの げんいち 9九段 東京 木見 1911年 0 - 100071929年 18歳? 1979年 現役死去 1979年 0 67 8 しざわ はるきち 8追贈 八段 5五段 神奈川 1899年 0 - 100081929年 30歳? 1950年 1985年 0 86 9 いちかわ いちろう 8追贈 八段 6六段 東京 大崎 1903年 0 - 100091930年 27歳? 1956年 1981年 0 78 10 さかぐち のぶひこ 9九段 北海道 1908年 - 100101931年 23歳? 1985年 1990年 0 81 11 つかだ まさお a 9 東京 花田 1914年 0 - 100111932年 18歳? 1959年 1978年 0 65 13 かくた みつお 8追贈 八段 7七段 鳥取 木見 1910年 0 - 100131934年 24歳? 1985年 1985年 0 75 14 かとう じろう 9名誉 九段 8八段 東京 1910年 0 - 100141934年 24歳? 1949年 1996年 86 15 まつした つとむ 9九段 8八段 千葉 土居 1913年 0 - 100151934年 21歳? 1981年 1987年 74 16 おくの もとよし 8追贈 八段 7七段 東京 1905年 - 100161934年 29歳? 1949年 1985年 0 79 17 こぼり せいいち 9九段 神奈川 1912年 0 - 100171936年 24歳? 1987年 1996年 0 83 18 ますだ こうぞう a実力制 第四代 名人 9九段 広島 木見 1918年 0 - 100181936年 18歳? 1962年 1986年 0 70 + 将棋棋士のは甥 20 あらまき みつゆき 9追贈 九段 8八段 東京 花田 1915年 0 - 100201937年 22歳? 1959年 1993年 78 21 ながさわ かつお 8追贈 八段 4四段 栃木 1904年 0 - 100211937年 33歳? 1946年 1985年 0 80 22 かとう けいぞう 8追贈 八段 6六段 東京 1908年 - 100221937年 29歳? 1957年 1982年 0 73 23 おかざき しめい 8八段 7七段 大阪 1907年 0 - 100231938年 31歳? 1972年 1979年 72 24 きただて しゅうや 9九段 8八段 山形 木村雄 1912年 - 100241940年 28歳? 1951年 1997年 0 84 25 まつだ しげゆき 9九段 鳥取 金子 1921年 0 - 100251940年 19歳? 1985年 1988年 0 67 + 26 おおやま やすはる c15十五世名人 岡山 木見 1923年 0 - 100261940年 17歳? 1968年 1994年 0 77 28 やまなか かずまさ 8八段 7七段 岡山 木見 1914年 - 100281941年 27歳? 1986年 1994年 80 29 いたや しろう 9九段 8八段 三重 1913年 0 - 100291941年 28歳? 1959年 1995年 0 82 + 将棋棋士のは子 30 ほんま そうえつ 8八段 大阪 1919年 - 100301942年 23歳? 1981年 現役死去 1981年 0 61 + 31 たかやなぎ としお 9名誉 九段 8八段 東京 金 1920年 0 - 100311942年 22歳? 1963年 2006年 0 86 32 ひろつ ひさお 9九段 福岡 花田 1923年 0 - 100321943年 20歳? 1988年 2008年 0 85 33 よしだ むつひこ 7七段 6六段 東京 土居 1910年 0 - 100331943年 33歳? 1956年 1991年 81 34 とみざわ みきお 8八段 福島 山本樟 1920年 0 - 100341943年 23歳? 1994年 1998年 0 77 35 はらだ やすお 9九段 8八段 新潟 1923年 0 - 100351944年 21歳? 1982年 2004年 0 81 36 ほしだ けいぞう 8八段 7七段 大阪 1917年 0 - 100361944年 27歳? 1986年 1995年 0 78 37 みなみぐち しげかず 9九段 8八段 京都 1918年 0 - 100371944年 26歳? 1985年 1995年 0 77 + 38 きたむら ひでじろう 8八段 大阪 神田辰 1907年 - 100381944年 37歳? 1982年 現役死去 1982年 0 74 39 はなむら もとじ 9九段 静岡 木村雄 1917年 - 100391944年(五段) 27歳? 1985年 現役死去 1985年 0 67 + 異例の五段編入試験で合格しプロ入り 40 やまかわ つぎひこ 8八段 7七段 東京 金子 1920年 0 - 100401944年 24歳? 1970年 1994年 74 41 させ ゆうじ 9名誉 九段 8八段 千葉 石井秀 1919年 0 - 100411944年 25歳? 1990年 1994年 0 75 将棋棋士のは義理の子 42 かとう ひろじ 9九段 愛知 土居 1923年 0 - 100421944年 21歳? 1990年 2013年 0 90 + 43 まるた ゆうぞう 9九段 長野 1919年 0 - 100431946年 27歳? 1996年 2015年 0 95 + 44 なだ れんしょう 9九段 徳島 神田辰 1927年 0 - 100441947年 20歳? 1984年 現役死去 1984年 0 57 + 45 ひらの ひろきち 7追贈 七段 5五段 千葉 1915年 0 - 100451947年 32歳? 1965年 1989年 0 73 46 いがらし とよいち 9九段 北海道 関根金 1924年 0 - 100461947年 23歳? 1988年 2008年 0 83 47 せいの しずお 8八段 新潟 木村雄 1922年 0 - 100471950年 04月 01日 (六段) 27歳 07月 1977年 現役死去 1977年 0 55 48 さとう ゆたか 6六段 4四段 東京 1914年 0 - 100481948年 34歳? 1956年 2001年 0 86 49 きがわ きいち 6六段 5五段 東京 加藤治 1920年 0 - 100491948年 28歳? 1968年 1994年 0 74 50 しもだいら ゆきお 8八段 東京 1924年 - 100501948年 24歳? 1985年 1993年 0 68 51 ふたみ けいぞう 7七段 大阪 木見 1932年 0 - 100511948年 16歳? 1980年 現役死去 1980年 0 48 52 にしもと かおる 7七段 4四段 大阪 木見 1923年 0 - 100521948年 25歳? 1973年 2012年 0 88 53 かんだ しずお 7七段 6六段 兵庫 1930年 0 - 100531950年 04月 01日 (六段) 20歳 00月 1972年 1997年 0 67 + 将棋棋士のは父 54 くまがい みちひと 9追贈 九段 8八段 大阪 1930年 - 100541949年 19歳? 1977年 現役死去 1977年 0 46 55 ますだ としじ 6六段 5五段 東京 1915年 0 - 100551950年 04月 01日 35歳? 1958年 1980年 65 56 あさぬま はじめ 7七段 4四段 東京 八丈島 小泉 1924年 - 100561950年 04月 01日 25歳 03月 1958年 2011年 0 86 57 ふたかみ たつや 9九段 北海道 渡辺東 1932年 0 - 100571950年 18歳? 1985年 2002年 0 76 59 つむら つねよし 7追贈 七段 5五段 神奈川 1923年 0 - 100591952年 29歳? 1970年 1993年 70 60 きたむら まさお 9九段 北海道 渡辺東 1934年 85歳 100601953年 19歳? なお、現在のように「四段昇段=プロ入り」ではなかった時代(三段以下のプロも存在した時代)の棋士が大半であるが、ここでは便宜上、四段昇段年を表記している。 発足以前の棋士も含む。 1940年 現役死去 1940年 50 こすげ けんのすけ 名誉 名人 八段 愛知 186502191865年 A0041884年 190019歳? 1949年 1973年 85 + やまもと くすお 八段 八段? 三重 189009061890年 A0301916年 260026歳? 1946年 1965年 74 こいずみ まさのぶ 八段 東京 関根金 190006081900年 A0321918年 180018歳? 1952年 1964年 64 ひらの しんすけ 七段 六段 青森 189105191891年 A0341918年 270027歳? 1947年 1965年 74 ふじうち きんご 八段 六段 愛媛 189303201893年 A0361920年 270027歳? 1951年 1968年 74 いいづか かんいちろう 八段 七段 茨城 大崎 189501071895年 A0381921年 260026歳? 1950年 1966年 71 さいとう ぎんじろう - 八段 東京 190410071904年 A0401929年 250025歳? 1965年 1967年退会 1979年 75 すずき さだかず 五段 東京 大崎 189910161899年 A0421930年頃 310031歳? 1954年 1955年 55 たけべ わかお 八段 東京 190907251909年 A0441930年 210021歳? 1958年 1974年 65 うえだ さんぞう 七段 五段 大阪 木見 189301251893年 A0461931年 380038歳? 1947年 1972年 79 うね みよきち 七段 六段 広島 神田辰 190011151900年 A0481932年 320032歳? 1958年 1971年 70 まつだ たつお 八段 大阪 神田辰 191604011916年 A0501935年 190019歳? 1955年 現役死去 1955年 38 おおわく たけし 追贈 八段 七段 千葉 石井秀 191401231914年 A0521936年 220022歳? 1956年 現役死去 1956年 42 はしづめ としたろう 七段 六段 東京 190903171909年 A0541936年 270027歳? 1959年 1973年 64 のむら よしとら 七段 六段 高知 189912121899年 A0561936年 370037歳? 1957年 1977年 77 むらかみ しんいち 八段 広島 木見 189706161897年 A0581937年 400040歳? 1956年 現役死去 1956年 59 せきぐち しんご 追贈 七段 六段 東京 斎藤銀 191802251918年 A0591938年 200020歳? 1945年 現役死去 1945年 26 太平洋戦争で戦病死 はせがわ せいじろう - 七段 千葉 191804011918年 A0601938年 200020歳? 1948年休場 のち退会 - - かねたか せいきち 追贈 八段 七段 千葉 191903091919年 A0611941年 220022歳? 1960年 現役死去 1960年 40 まみや じゅんいち - 六段 静岡 190808251908年 A0621941年 330033歳 1957年 のち退会 1981年 73 ふじかわ よしお 追贈 八段 七段 熊本 大崎 190810021908年 A0641941年 330033歳? 1965年 現役死去 1965年 56 きょうす ゆきお 追贈 八段 七段 千葉 宮松 191401231914年 A0661943年 290029歳? 1959年 1960年 46 将棋棋士のは孫 まつうら たくぞう 八段 広島 神田辰 191501221915年 A0681944年 290029歳? 1977年 現役死去 1977年 62 やまだ みちよし 追贈 九段 八段 愛知 193312111933年 A0701951年 180018歳? 棋士は現役引退をしても、退会しない限りは依然として「棋士」(現役と区別するときは「引退棋士」という)であり正会員である。 八段門下から移籍。 2度目の名人失冠後に現役を引退して十四世名人に襲位しており、引退前の肩書は「前名人」の扱いとなる。 木村義雄は。 1989年にも追贈された。 塚田正夫は。 没後、名誉十段と実力制第二代名人を贈られる。 「松田茂役」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「松田茂行」。 大山康晴は十五世名人、、、、。 うち、永世王将と十五世名人は現役中に名乗る。 「本間爽悦」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「本間一雄」。 「富沢幹雄」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「富沢伝助」。 「灘蓮照」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「灘照一」。 清野と神田は1位の成績でC級甲組に昇級。 1950年 04月付けで清野と神田は六段へ、浅沼と増田は四段へ、それぞれ飛び昇段。 当初は九段門下。 南口の逝去後に移籍。 谷川浩司(棋士番号131)は中学2年・14歳8ヶ月でプロ入り(2人目の「中学生棋士」)。 羽生善治(棋士番号175)は中学3年・15歳2か月でプロ入り(3人目の「中学生棋士」)。 三段リーグ制度導入後では、渡辺明(棋士番号235)は中学卒業直後の4月にプロ入り。 プロ入りを決めたのが卒業前の3月であるため、記録上は4人目の中学生棋士とされる(前述の3名はプロ入りを決めた日と同時にプロ入り)。 藤井聡太(棋士番号307)は中学2年・14歳2か月でプロ入り(5人目の「中学生棋士」・史上最年少)。 2016年9月3日. 2017年10月31日閲覧。 米長邦雄はを現役中に名乗る。 木下晃は、引退が2000年3月、七段昇段が同年4月であるが、七段昇段の事由は引退棋士の昇段規定ではない。 中原誠は、十六世名人・永世十段・永世棋聖・永世王位・で、いずれも現役中に名乗る。 「田中魁秀」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「田中正之」。 本名は「佐瀬春雄」(結婚に伴う改姓)。 棋士としての名義は沼(旧姓)のままで変更していない。 谷川浩司は十七世名人の資格を保持。 日本将棋連盟のサイト(2010年 03月15日閲覧)によれば「ひろふみ」。 平成10年版将棋年鑑および2000年 01月号付録によれば「ひろぶみ」。 羽生善治は、十九世名人、永世竜王、永世王位、名誉王座、、永世棋聖、永世王将、の資格を保持。 佐藤康光は永世棋聖の資格を保持。 森内俊之は十八世名人の資格を保持。 伊奈祐介(棋士番号228)が初のケース。 なお、フリークラス編入を良しとせず前記権利を放棄して三段リーグに残り、のちにプロ入りした初のケースは佐藤天彦(棋士番号263)である。 渡辺は伊奈の妹であるの伊奈めぐみと結婚• 渡辺明は・永世棋王の資格を保持。 旧姓吉田。 結婚に伴い、改姓。 2015年11月18日. 2017年10月31日閲覧。 宮本広志は三段リーグで勝ち越した会員が在籍年限を満29歳まで延長できる規定が1994年に施行されて以降の最年長昇段記録保持者。 今泉健司(棋士番号299)が初のケース。 関根金次郎によって棋聖の称号が贈られたが、日本将棋連盟では公認されていない。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 当初は天野の指導を仰いだがその後宗桂の元に身を寄せる。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 小野五平は十二世名人(実力制以前の名人)。 小菅に名誉名人の称号が贈られた経緯については、記事「」を参照。 八代伊藤宗印門下とする資料もあるが、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 元は8代伊藤宗印門下だったが、伊藤家断絶後に12代大橋宗金門下となった。 関根金次郎は十三世名人(実力制以前の最後の名人)。 一般的には「坂田三吉」と表記されることもあるが、日本将棋連盟の系図での表記は「阪田三吉」となっている。 若い頃に小林から助言を受けており、小野から八段の免状を与えられて以降は小野門下を自称していた。 日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 関根金次郎門下とする資料もあるが、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 小林東伯斎門下とする資料もあるが日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 日本将棋連盟は井上門下としている。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 「小泉雅信」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「小泉兼吉」。 2017年8月12日. 東京朝刊: p. 夕刊全道: p. 2017年9月19日• 渡辺大助「戦火に消えた幻の天才棋士 関口慎吾六段(7)」『』2019年7月号、、 96-99頁。 「新人紹介 市川伸」『』第18巻第11号、、1954年11月、 103頁。 (、図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館限定公開)「 29年6月三段、同年8月四段(18才)」とある。 「43年の引退棋士」『将棋年鑑 昭和43年版』日本将棋連盟、1968年、293頁。 「 五段 市川 伸…… 昭和10年10月18日、鳥取県米子市に生れ…… 29年四段…… 42年一身上の都合により退会」とある。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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ドラゴン5その2

おおはし まさ のぶ

没年:文久2. 12 1862. 7 生年:文化13 1816 の尊攘派,儒者。 長沼流兵学者の4男。 名は正順,字は周道,通称順蔵,訥庵は号。 佐藤一斎門下。 江戸の豪商大橋淡雅の養子となり,その援助で宇都宮藩に仕えるとともに,日本橋に思誠塾を開き子弟の育成に努めた。 のちに陽明学を排して朱子学を奉じ,過激なを主張し,ペリー来航時には幕府に上書して攘夷の実行を迫った。 また安政の大獄の際には,刑死した頼三樹三郎の死体が晒されているのを悲しみ,密かに葬っている。 桜田門外の変後は和宮降嫁,公武合体に反対し,王政復古策を密奏するとともに日光輪王寺宮擁立運動に加わる。 これが未発に終わると関東の尊攘激派による老中安藤信正襲撃計画に合流,その斬奸趣意書を起草したといわれている。 その一方で一橋慶喜を擁立した挙兵計画にかかわり,信正襲撃3日前の文久2 1862 年1月12日,捕らえられた。 挙兵を計画すれば実行に加わる有志が次々に現れるであろうとの楽観論を持ち,その状況認識には甘さがみられる。 獄中で病気になり,7月7日,許されて出獄し宇都宮藩に預けられたが,同12日に死去した。 『大橋訥庵先生全集』全3巻 高木俊輔 出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版 朝日日本歴史人物事典について の解説 江戸末期の儒学者。 熱烈な尊攘 そんじょう 思想家。 名は正順 まさより 、字 あざな は周道、通称順蔵。 佐藤一斎に儒学を学び、思誠塾を開いて子弟を教授、詩文に優れた。 1857年(安政4)『闢邪小言 へきじゃしょうげん 』を著して尊王攘夷論を鼓吹した。 安政 あんせい の大獄に刑死した頼三樹三郎 らいみきさぶろう の遺体を収めて小塚原 こづかっぱら 回向院 えこういん に埋葬。 公武合体論による皇女和宮 かずのみや の降嫁反対運動にも参加した。 坂下門外の変に際し、計画の中心人物と目されて、老中安藤信正 あんどうのぶまさ 襲撃に先だって捕らえられたが、病のため出獄、宇都宮藩に預けられたが文久 ぶんきゅう 2年7月12日没した。 47歳。

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おおはし まさ のぶ

棋士番号のある棋士 [ ] のある将棋棋士の一覧。 青色の行は元棋士(日本将棋連盟退会者)。 棋士番号73から114までは、制度でのプロ入り。 棋士番号184以降は、現行の制度でのプロ入り(ただし、259・299・321は編入試験によるプロ入り)。 現役棋士は169名(2020年6月19日現在) 棋士 番号 よみ 氏名 段位等 現役時 段位等 出身 師匠 生年月日 年齢 プロ入り年月日 (四段昇段日) プロ入り 年齢 引退 死去 享年 タイトル 歴 備考 1 こん やすじろう 9名誉 九段 8八段 秋田 1890年 - 100011912年 22歳? 1947年 1980年 0 89 2 きむら よしお c14 8八段 東京 関根金 1905年 0 - 100021920年 15歳? 1950年 1990年 0 88 4 わたなべ とういち 9名誉 九段 8八段 千葉 関根金 1905年 - 100041923年 18歳? 1949年 1985年 0 79 5 はぎわら きよし 9九段 8八段 兵庫 土居 1904年 - 100051925年 21歳? 1964年 1987年 83 6 なかい すてきち 8八段 7七段 大阪 1892年 0 - 100061925年 33歳? 1952年 1981年 0 88 7 おおの げんいち 9九段 東京 木見 1911年 0 - 100071929年 18歳? 1979年 現役死去 1979年 0 67 8 しざわ はるきち 8追贈 八段 5五段 神奈川 1899年 0 - 100081929年 30歳? 1950年 1985年 0 86 9 いちかわ いちろう 8追贈 八段 6六段 東京 大崎 1903年 0 - 100091930年 27歳? 1956年 1981年 0 78 10 さかぐち のぶひこ 9九段 北海道 1908年 - 100101931年 23歳? 1985年 1990年 0 81 11 つかだ まさお a 9 東京 花田 1914年 0 - 100111932年 18歳? 1959年 1978年 0 65 13 かくた みつお 8追贈 八段 7七段 鳥取 木見 1910年 0 - 100131934年 24歳? 1985年 1985年 0 75 14 かとう じろう 9名誉 九段 8八段 東京 1910年 0 - 100141934年 24歳? 1949年 1996年 86 15 まつした つとむ 9九段 8八段 千葉 土居 1913年 0 - 100151934年 21歳? 1981年 1987年 74 16 おくの もとよし 8追贈 八段 7七段 東京 1905年 - 100161934年 29歳? 1949年 1985年 0 79 17 こぼり せいいち 9九段 神奈川 1912年 0 - 100171936年 24歳? 1987年 1996年 0 83 18 ますだ こうぞう a実力制 第四代 名人 9九段 広島 木見 1918年 0 - 100181936年 18歳? 1962年 1986年 0 70 + 将棋棋士のは甥 20 あらまき みつゆき 9追贈 九段 8八段 東京 花田 1915年 0 - 100201937年 22歳? 1959年 1993年 78 21 ながさわ かつお 8追贈 八段 4四段 栃木 1904年 0 - 100211937年 33歳? 1946年 1985年 0 80 22 かとう けいぞう 8追贈 八段 6六段 東京 1908年 - 100221937年 29歳? 1957年 1982年 0 73 23 おかざき しめい 8八段 7七段 大阪 1907年 0 - 100231938年 31歳? 1972年 1979年 72 24 きただて しゅうや 9九段 8八段 山形 木村雄 1912年 - 100241940年 28歳? 1951年 1997年 0 84 25 まつだ しげゆき 9九段 鳥取 金子 1921年 0 - 100251940年 19歳? 1985年 1988年 0 67 + 26 おおやま やすはる c15十五世名人 岡山 木見 1923年 0 - 100261940年 17歳? 1968年 1994年 0 77 28 やまなか かずまさ 8八段 7七段 岡山 木見 1914年 - 100281941年 27歳? 1986年 1994年 80 29 いたや しろう 9九段 8八段 三重 1913年 0 - 100291941年 28歳? 1959年 1995年 0 82 + 将棋棋士のは子 30 ほんま そうえつ 8八段 大阪 1919年 - 100301942年 23歳? 1981年 現役死去 1981年 0 61 + 31 たかやなぎ としお 9名誉 九段 8八段 東京 金 1920年 0 - 100311942年 22歳? 1963年 2006年 0 86 32 ひろつ ひさお 9九段 福岡 花田 1923年 0 - 100321943年 20歳? 1988年 2008年 0 85 33 よしだ むつひこ 7七段 6六段 東京 土居 1910年 0 - 100331943年 33歳? 1956年 1991年 81 34 とみざわ みきお 8八段 福島 山本樟 1920年 0 - 100341943年 23歳? 1994年 1998年 0 77 35 はらだ やすお 9九段 8八段 新潟 1923年 0 - 100351944年 21歳? 1982年 2004年 0 81 36 ほしだ けいぞう 8八段 7七段 大阪 1917年 0 - 100361944年 27歳? 1986年 1995年 0 78 37 みなみぐち しげかず 9九段 8八段 京都 1918年 0 - 100371944年 26歳? 1985年 1995年 0 77 + 38 きたむら ひでじろう 8八段 大阪 神田辰 1907年 - 100381944年 37歳? 1982年 現役死去 1982年 0 74 39 はなむら もとじ 9九段 静岡 木村雄 1917年 - 100391944年(五段) 27歳? 1985年 現役死去 1985年 0 67 + 異例の五段編入試験で合格しプロ入り 40 やまかわ つぎひこ 8八段 7七段 東京 金子 1920年 0 - 100401944年 24歳? 1970年 1994年 74 41 させ ゆうじ 9名誉 九段 8八段 千葉 石井秀 1919年 0 - 100411944年 25歳? 1990年 1994年 0 75 将棋棋士のは義理の子 42 かとう ひろじ 9九段 愛知 土居 1923年 0 - 100421944年 21歳? 1990年 2013年 0 90 + 43 まるた ゆうぞう 9九段 長野 1919年 0 - 100431946年 27歳? 1996年 2015年 0 95 + 44 なだ れんしょう 9九段 徳島 神田辰 1927年 0 - 100441947年 20歳? 1984年 現役死去 1984年 0 57 + 45 ひらの ひろきち 7追贈 七段 5五段 千葉 1915年 0 - 100451947年 32歳? 1965年 1989年 0 73 46 いがらし とよいち 9九段 北海道 関根金 1924年 0 - 100461947年 23歳? 1988年 2008年 0 83 47 せいの しずお 8八段 新潟 木村雄 1922年 0 - 100471950年 04月 01日 (六段) 27歳 07月 1977年 現役死去 1977年 0 55 48 さとう ゆたか 6六段 4四段 東京 1914年 0 - 100481948年 34歳? 1956年 2001年 0 86 49 きがわ きいち 6六段 5五段 東京 加藤治 1920年 0 - 100491948年 28歳? 1968年 1994年 0 74 50 しもだいら ゆきお 8八段 東京 1924年 - 100501948年 24歳? 1985年 1993年 0 68 51 ふたみ けいぞう 7七段 大阪 木見 1932年 0 - 100511948年 16歳? 1980年 現役死去 1980年 0 48 52 にしもと かおる 7七段 4四段 大阪 木見 1923年 0 - 100521948年 25歳? 1973年 2012年 0 88 53 かんだ しずお 7七段 6六段 兵庫 1930年 0 - 100531950年 04月 01日 (六段) 20歳 00月 1972年 1997年 0 67 + 将棋棋士のは父 54 くまがい みちひと 9追贈 九段 8八段 大阪 1930年 - 100541949年 19歳? 1977年 現役死去 1977年 0 46 55 ますだ としじ 6六段 5五段 東京 1915年 0 - 100551950年 04月 01日 35歳? 1958年 1980年 65 56 あさぬま はじめ 7七段 4四段 東京 八丈島 小泉 1924年 - 100561950年 04月 01日 25歳 03月 1958年 2011年 0 86 57 ふたかみ たつや 9九段 北海道 渡辺東 1932年 0 - 100571950年 18歳? 1985年 2002年 0 76 59 つむら つねよし 7追贈 七段 5五段 神奈川 1923年 0 - 100591952年 29歳? 1970年 1993年 70 60 きたむら まさお 9九段 北海道 渡辺東 1934年 85歳 100601953年 19歳? なお、現在のように「四段昇段=プロ入り」ではなかった時代(三段以下のプロも存在した時代)の棋士が大半であるが、ここでは便宜上、四段昇段年を表記している。 発足以前の棋士も含む。 1940年 現役死去 1940年 50 こすげ けんのすけ 名誉 名人 八段 愛知 186502191865年 A0041884年 190019歳? 1949年 1973年 85 + やまもと くすお 八段 八段? 三重 189009061890年 A0301916年 260026歳? 1946年 1965年 74 こいずみ まさのぶ 八段 東京 関根金 190006081900年 A0321918年 180018歳? 1952年 1964年 64 ひらの しんすけ 七段 六段 青森 189105191891年 A0341918年 270027歳? 1947年 1965年 74 ふじうち きんご 八段 六段 愛媛 189303201893年 A0361920年 270027歳? 1951年 1968年 74 いいづか かんいちろう 八段 七段 茨城 大崎 189501071895年 A0381921年 260026歳? 1950年 1966年 71 さいとう ぎんじろう - 八段 東京 190410071904年 A0401929年 250025歳? 1965年 1967年退会 1979年 75 すずき さだかず 五段 東京 大崎 189910161899年 A0421930年頃 310031歳? 1954年 1955年 55 たけべ わかお 八段 東京 190907251909年 A0441930年 210021歳? 1958年 1974年 65 うえだ さんぞう 七段 五段 大阪 木見 189301251893年 A0461931年 380038歳? 1947年 1972年 79 うね みよきち 七段 六段 広島 神田辰 190011151900年 A0481932年 320032歳? 1958年 1971年 70 まつだ たつお 八段 大阪 神田辰 191604011916年 A0501935年 190019歳? 1955年 現役死去 1955年 38 おおわく たけし 追贈 八段 七段 千葉 石井秀 191401231914年 A0521936年 220022歳? 1956年 現役死去 1956年 42 はしづめ としたろう 七段 六段 東京 190903171909年 A0541936年 270027歳? 1959年 1973年 64 のむら よしとら 七段 六段 高知 189912121899年 A0561936年 370037歳? 1957年 1977年 77 むらかみ しんいち 八段 広島 木見 189706161897年 A0581937年 400040歳? 1956年 現役死去 1956年 59 せきぐち しんご 追贈 七段 六段 東京 斎藤銀 191802251918年 A0591938年 200020歳? 1945年 現役死去 1945年 26 太平洋戦争で戦病死 はせがわ せいじろう - 七段 千葉 191804011918年 A0601938年 200020歳? 1948年休場 のち退会 - - かねたか せいきち 追贈 八段 七段 千葉 191903091919年 A0611941年 220022歳? 1960年 現役死去 1960年 40 まみや じゅんいち - 六段 静岡 190808251908年 A0621941年 330033歳 1957年 のち退会 1981年 73 ふじかわ よしお 追贈 八段 七段 熊本 大崎 190810021908年 A0641941年 330033歳? 1965年 現役死去 1965年 56 きょうす ゆきお 追贈 八段 七段 千葉 宮松 191401231914年 A0661943年 290029歳? 1959年 1960年 46 将棋棋士のは孫 まつうら たくぞう 八段 広島 神田辰 191501221915年 A0681944年 290029歳? 1977年 現役死去 1977年 62 やまだ みちよし 追贈 九段 八段 愛知 193312111933年 A0701951年 180018歳? 棋士は現役引退をしても、退会しない限りは依然として「棋士」(現役と区別するときは「引退棋士」という)であり正会員である。 八段門下から移籍。 2度目の名人失冠後に現役を引退して十四世名人に襲位しており、引退前の肩書は「前名人」の扱いとなる。 木村義雄は。 1989年にも追贈された。 塚田正夫は。 没後、名誉十段と実力制第二代名人を贈られる。 「松田茂役」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「松田茂行」。 大山康晴は十五世名人、、、、。 うち、永世王将と十五世名人は現役中に名乗る。 「本間爽悦」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「本間一雄」。 「富沢幹雄」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「富沢伝助」。 「灘蓮照」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「灘照一」。 清野と神田は1位の成績でC級甲組に昇級。 1950年 04月付けで清野と神田は六段へ、浅沼と増田は四段へ、それぞれ飛び昇段。 当初は九段門下。 南口の逝去後に移籍。 谷川浩司(棋士番号131)は中学2年・14歳8ヶ月でプロ入り(2人目の「中学生棋士」)。 羽生善治(棋士番号175)は中学3年・15歳2か月でプロ入り(3人目の「中学生棋士」)。 三段リーグ制度導入後では、渡辺明(棋士番号235)は中学卒業直後の4月にプロ入り。 プロ入りを決めたのが卒業前の3月であるため、記録上は4人目の中学生棋士とされる(前述の3名はプロ入りを決めた日と同時にプロ入り)。 藤井聡太(棋士番号307)は中学2年・14歳2か月でプロ入り(5人目の「中学生棋士」・史上最年少)。 2016年9月3日. 2017年10月31日閲覧。 米長邦雄はを現役中に名乗る。 木下晃は、引退が2000年3月、七段昇段が同年4月であるが、七段昇段の事由は引退棋士の昇段規定ではない。 中原誠は、十六世名人・永世十段・永世棋聖・永世王位・で、いずれも現役中に名乗る。 「田中魁秀」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「田中正之」。 本名は「佐瀬春雄」(結婚に伴う改姓)。 棋士としての名義は沼(旧姓)のままで変更していない。 谷川浩司は十七世名人の資格を保持。 日本将棋連盟のサイト(2010年 03月15日閲覧)によれば「ひろふみ」。 平成10年版将棋年鑑および2000年 01月号付録によれば「ひろぶみ」。 羽生善治は、十九世名人、永世竜王、永世王位、名誉王座、、永世棋聖、永世王将、の資格を保持。 佐藤康光は永世棋聖の資格を保持。 森内俊之は十八世名人の資格を保持。 伊奈祐介(棋士番号228)が初のケース。 なお、フリークラス編入を良しとせず前記権利を放棄して三段リーグに残り、のちにプロ入りした初のケースは佐藤天彦(棋士番号263)である。 渡辺は伊奈の妹であるの伊奈めぐみと結婚• 渡辺明は・永世棋王の資格を保持。 旧姓吉田。 結婚に伴い、改姓。 2015年11月18日. 2017年10月31日閲覧。 宮本広志は三段リーグで勝ち越した会員が在籍年限を満29歳まで延長できる規定が1994年に施行されて以降の最年長昇段記録保持者。 今泉健司(棋士番号299)が初のケース。 関根金次郎によって棋聖の称号が贈られたが、日本将棋連盟では公認されていない。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 当初は天野の指導を仰いだがその後宗桂の元に身を寄せる。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 小野五平は十二世名人(実力制以前の名人)。 小菅に名誉名人の称号が贈られた経緯については、記事「」を参照。 八代伊藤宗印門下とする資料もあるが、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 元は8代伊藤宗印門下だったが、伊藤家断絶後に12代大橋宗金門下となった。 関根金次郎は十三世名人(実力制以前の最後の名人)。 一般的には「坂田三吉」と表記されることもあるが、日本将棋連盟の系図での表記は「阪田三吉」となっている。 若い頃に小林から助言を受けており、小野から八段の免状を与えられて以降は小野門下を自称していた。 日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 関根金次郎門下とする資料もあるが、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 小林東伯斎門下とする資料もあるが日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 日本将棋連盟は井上門下としている。 両説があり、日本将棋連盟の公式な資料では師匠が記載されていない。 「小泉雅信」は改名後の氏名である。 四段昇段当時の氏名は「小泉兼吉」。 2017年8月12日. 東京朝刊: p. 夕刊全道: p. 2017年9月19日• 渡辺大助「戦火に消えた幻の天才棋士 関口慎吾六段(7)」『』2019年7月号、、 96-99頁。 「新人紹介 市川伸」『』第18巻第11号、、1954年11月、 103頁。 (、図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館限定公開)「 29年6月三段、同年8月四段(18才)」とある。 「43年の引退棋士」『将棋年鑑 昭和43年版』日本将棋連盟、1968年、293頁。 「 五段 市川 伸…… 昭和10年10月18日、鳥取県米子市に生れ…… 29年四段…… 42年一身上の都合により退会」とある。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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