朧月夜 歌詞。 朧月夜(おぼろづきよ): 二木紘三のうた物語

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千曲川を望む広大な菜の花畑 美しい風景や景観、魅力的なシーンをピックアップして、写真を中心にお伝えする企画『フォトレポ』。 今回は、長野県飯山市の「菜の花まつり」をレポート。 高野辰之といえば『故郷』『春の小川』『紅葉』などの作詞でも知られるが、実はこれまでも『山側』で何度も記事にしてきた(振り返ってみて、その数にちょっとビックリ!) なぜか、 おもしろいネタを探していると現れる存在なのだ・・・これまでに、長野駅の駅そば店や、東京都渋谷区の暗渠、碓氷峠の廃線跡で高野辰之の唱歌と巡りあってきた。 たいへん失礼致しました。 先生!) 閑話休題。 高野辰之は、長野県尋常師範学校(現在の信州大学教育学部)の出身で、長野県飯山市で教師を務めていた時期があった。 当時の飯山市周辺は 菜種栽培が盛んであり、春になるとあたり一面に菜の花畑が広がっていたそうだ。 そんな風景が 『朧月夜』のモチーフになったといわれている。 現在の飯山市では、毎年5月の連休に 「菜の花まつり」が開催されている。 会場となるのは、千曲川を見渡すことができる「菜の花公園」で、見渡す限りの広大な土地に菜の花がこれでもか! と咲き誇る。

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天気予報やニュースで、 「朧月」または 「朧月夜」という言葉を耳にすることがありませんか? 月という文字が使われていることで、空に浮かぶ月を思い浮かべたり、「おぼろ月夜」という歌を思い出す人もいらっしゃるかもしれませんね。 では、「朧月」「朧月夜」とは、いつ使う言葉なのでしょう? 歌詞を思い出した人は、なんとなくいつ使うか想像できたでしょうか。 今回は、「朧月」「朧月夜」について調べてみましょう。 「朧月」「朧月夜」の意味とは? 読み方は 「おぼろづき」、「おぼろづきよ」または 「おぼろづくよ」です。 「朧月」は 霧(きり)や靄(もや)などに包まれ、柔らかくほのかにかすんで見える春の夜の月のことで、「朧月夜」は朧月が出ている夜のことです。 月がかすんで見えるだけではなく、空全体がかすんで見えるので、天体観測には向かない日といわれています。 また、黄砂やPM2. 5なども朧月の原因のひとつとなっているそうです。 「朧(おぼろ)」には、「はっきりしない」「不確かな様子」「ぼんやりとかすんでいる様子」という意味があります。 月齢は関係がなく、満月でも、三日月でも、ほのかにかすんで見える月のことを「朧月」といいます。 いつ使う言葉なの? 「朧月」「朧月夜」という言葉は、 春の季語です。 「かすんで見える春の夜の月」のことなので春の間は使うことができますが、 正確に「この日からこの日まで」と決まっているものではありません。 「朧」という漢字が意味するように、使う期間も「はっきりしない」ということですね。 「おぼろ月夜」 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 菜の花畠(ばたけ)に 入り日薄れ 見わたす山の端(は) 霞(かすみ)ふかし 春風そよふく 空を見れば 夕月(ゆうづき)かかりて におい淡し 里わの火影(ほかげ)も 森の色も 田中の小路(こみち)を たどる人も 蛙(かわず)のなくねも かねの音も さながら霞(かす)める 朧月夜 菜の花畠に夕日が沈んだあと、空に浮かんでいるのは朧月なんですね。 美しい春の夕暮れの情景が、目に浮かんできませんか? 「朧月」「朧月夜」という言葉は、とても風情のある言葉ですね。 黄砂やPM2. 5が原因のひとつと考えると、手放しで歓迎できるものではありませんが、昔の人たちは朧月を見て、歌や俳句をたくさん作っています。 例えば、江戸時代の俳人内藤丈草(ないとうじょうそう)の 「大原や 蝶の出て舞う 朧月」が有名ですね。 昔のように月明かりで夜道を歩くことはほとんどない現在ですが、夜も明るい街中でも空を見上げたら月が浮かんでいます。 もしかしたら、今日、見上げた月が朧月かもしれませんよ。 関連: 関連: 関連: 関連: -.

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作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一 1 菜の花畠に 入日薄れ 見わたす山の端 (は) 霞ふかし 春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて におい淡し 2 里わの火影 (ほかげ)も 森の色も 田中の小路 (こみち)を たどる人も 蛙 (かわず)の鳴くねも 鐘の音も さながら霞める 朧月夜 《蛇足》 大正3年(1914) に『尋常小学唱歌 第六学年用』の教科書に発表されました。 日本の田園風景をつづった格調高い叙景歌で、『』『』などとともに高野・岡野コンビの代表的作品。 1番の「におい」は、ここでは香りの意味ではなく、鮮やかな色あい・色つやのこと。 2番の「森の色」の色とほぼ同義です。 『枕草子』に「花びらのはしにをかしき匂ひこそこころもとなくつきためれ」とあります。 「匂いやか(または匂やか) な女性」といった表現がありますが、これは、つやつやと輝くように美しい女性、という意味。 2番の「里わ(里曲) 」は、里、すなわち村落のあたり、という意味。 上の絵は2007年の年賀状用に描いたものです。 (二木紘三) 歌は格調高く、二木先生の絵も、のどかでこころが休まります。 家路をたどる農夫の姿が、なんとも牧歌的です。 ハノイの田舎では、野良仕事を終え、鍬をかついで家に帰る農民の姿をふつうに見ます。 バイクに鍬を積んで、夫婦が二人乗りで家に帰る姿もほほえましい。 放牧された牛たちがねぐらに帰るのに、田舎の道路を、車を待たせてゆっくりと横断したり、村の路地を一列に並んで歩くのも趣があります。 この国は、自家用車の普及はまだです。 私は、日本で定年になったのに、いまだ会社勤めをしている、余暇を享受できない65歳の愚か者です。 仕事が終わると、時々、バスを利用せず、迷路のような路地を歩いて、家に帰ります。 すれちがう多くのバイクの光と騒音をさけて夜道を歩くのは、かなり煩わしい。 しかし、家路をたどる喜びは、やはり2本の足で歩いて帰ることだと妙に実感するしだいです。 それゆえ絵の中の農道をゆっくり歩く農夫の姿に、思うことが多いのです。 ただ、最近のハノイの春の天気は、日中も夜も、ほとんど月も太陽も見えない霧雨の続く毎日です。 朧月夜は、日本人が享受できるうるわしい風景です。 投稿: 越村 南 2015年3月11日 水 15時52分 学校を終えて何年も経ってから、ふと「朧月夜」を口ずさんで、なんと素晴らしいメロディーだ、こんないい歌はほかにないなあと感じ入ったことがあります。 今、改めて歌って気づくのは、「夕月かかりてにおい淡し」という、清少納言ふうの「におい」の用法を子供はなんの抵抗もなく受け入れていたことです。 月の香りが鼻から入ってくるなどと考えたわけではありません。 2番に進むと、灯火や人影と同じように、蛙の声、鐘の音も霞みます。 普通「霞む」のは視覚でしょうが、ここは聴覚の対象も一緒に霞んでいるおぼろ月夜です。 フランスの詩人ボードレールの詩『照応』の有名な詩句「香りと色と響きが応え合う」を日本の田園に展開したような歌ですね。 投稿: dorule 2017年3月30日 木 20時13分 梅の花が咲き、菜の花が辺り一面を黄色に染め、南風に乗せて桜花のたよりも ぼつぼつと気になる頃となりました。 スマホのfbのプロフィールカバーには、菜の花ばたけから見渡した残雪の常念岳をUPしてますが、もうじきこれも桜の花に入れ替えることになるのでしょう。 交換レンズと三脚を抱えて、安曇野から上高地あたりまで走りまわった日々は、遥か遠い日のことになってしまい体力も脚力も衰えましたが、あの懐かしい朧に霞む信州の春の日のことは、ついこの間のことのようにフラッシュバックしてきます。 「早春賦」から「朧月夜」へ・・・さて、次はどんな曲に想いをゆだねるとしますか? 名曲に酔いながら春の宵は更けていきます。 おっと! 明日は、朝から六甲山荘のオープン準備の打ち合わせ会議でした。 早く寝なきゃ~。 投稿: あこがれ 2019年3月12日 火 00時49分.

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