日本熟語。 中国語の二字熟語の7割は日本渡来

かっこいい二字熟語・単語一覧|美しい漢字2文字/二文字の綺麗な言葉

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This entry was posted in on by 大家好! もちろん難しすぎた のですが、その時、初めて日本語の『 四字熟語』を見ました。 普通の日常の言葉で使われいる感じでも、組み合わさってできるとそれの 持つ意味が違っている事が多いと思います。 私にはすごく面白いですが、皆さんどう思いますか~? ここでは、日本語の 四字熟語と似ている中国語の 四字成语10個を、皆さんとシェアしたいと思います。 2 浅学非才(せんがくひさい) 中国語:才疏学浅 意味: 学問が浅く、才能がないこと。 非常に苦労して働くこと。 中国語の意味:きっぱりと関係を断つこと。 中国語の意味:打たせて、慘敗したこと。 または、心が清らかで、何のわだかまりもないこと。 中国語の意味:誰に対しても円滑に取引ができます。 今は、日本では日常的に使われていないようですね。 八方美人と似ていますが、こちらは褒める言葉です。 中国語の意味:止めないほど長い話。 紹介しましたが、実は、中国語ではあまり使われていません。 代わりに 三长两短 こちらはよく使われています 、 一长两短、 一长半短もありますが、意外と災難の意味となっています。 それから、七长八短もありますよ、不幸の意味も含まれています。 皆さんどう思いますか? 四字熟語と中国語の 四字成语は興味がありますか?ちょっと難しいですが、覚えておくと、 中国人とコミュニケーションで役立つことがあるかもしれないですね。 今回の記事いかがでしたか? もやっています。 体験レッスンもあるので興味ある方はどうぞ。 無料で学習したい方はが見放題。

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【厳選!四字熟語200選】有名な四字熟語と意味一覧

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敗戦後、国学が禁止されたことやおもにNHKの宣伝もあって、中国に関しておおいに誤った認識が日本人に植え付けられました。 いわゆる「中国4千年の歴史」とかいう言い草の類いです。 ほとんどの日本人は中国はそれほど古い国だと思っています。 しかし、中国はずっと「国」ではなかったし、いまもまともな国ではない。 しかしいまのいわゆる中国が、国として成立してくるのは、日清戦争に始まり、毛沢東が1949年、天安門広場で中華人民共和国の建国を宣言した時からといっていい。 それまでは、王朝が次々と勃興と滅亡を何の連続性もなく繰り返していただけです。 いわゆる中国には土地はあっても国はなく、主に北方から色々の民族が入り込んできては王朝を滅ぼし新しい王朝をつくる。 これを繰り返していただけといえるのです。 さて、中国語の熟語の7割が日本で作られたもので、それを除いたら中国語は成立しないなどといったら、誰でも驚くでしょう。 ぼくもそれを知ったときはけっこうびっくりしたものでした。 漢字を発明したのは中国であることは誰でも知っています。 それは古代中国といわれる紀元前の頃で、これと四千年がダブってくると、日本という世界でも稀な奇麗な垂直軸の国体を持つ国に育った純情な日本人は、世界中みんな同じだと思っていますから、すごいなあと感心してしまう。 しかし、それちょっと違うのです。 中国の歴史をちょっと眺めてみましょう。 おおざっぱにいって、中国は現在の中華を含めて次の四ブロックに分けることができます。 秦漢三国 随唐宗 元明清 中華 各ブロックの最初の色付けした王朝はみんな寿命が短いのが特徴のようです。 となると、これはまあ余談ですが、現在の中国共産党王朝は寿命も半ばを過ぎていると考える人もいる ようですが・・・。 秦の始皇帝といえば有名で誰でも知ってますよね。 秦というのは初めての統一王朝というべきもので、つまり、秦=支那=チャイナというわけです。 始皇帝は道などのインフラを整えましたし、度量衡の統一などもやりました。 強大な権力を持って自ら始皇帝を名乗りました。 そのお墓・始皇帝陵は、仁徳天皇陵に匹敵しますが、工事は囚人・捕虜70余万人を使って行われたそうです。 このお墓の1. 5キロそばに、あの有名な兵馬俑があります。 約8000体のほぼ等身大の素焼き彩色の人馬が地底に置かれているのですが、人に知られるのを恐れて、これを作った工匠3000人を生き埋めにして殺しました。 何回か訪れましたが、一人ずつ異なるという兵馬俑の表情を見ながら、日本では起こりえないことだと考え込んだのを覚えています。 秦は最初の強力な王朝でしたから、中国の歴史はここから始まるとすると2200年にしかならず、4000年は一種の白髪三千丈の類いと考えるべきです。 そんな強力な王朝でしたが、僅か20年でばらばらになり、漢の時代になります。 有名な劉邦が作った王朝で、前漢・後漢と400年ほども続きました。 秦の時代には、始皇帝が使い易く改変して広めた篆書(てんしょ)という現在印鑑など篆刻などに用いられる字体が使われていました。 これが漢の時代になると、下級役人にも使い易くするために、篆書を簡略化した隷書が使われるようになります。 下級役人は徒隷と呼ばれていましたから、徒隷が使う書体・隷書というわけです。 さらに様々な工夫改良が加えられて、行書、楷書、草書等が生まれました。 漢字は漢の時代にほぼ完成を見たといえます。 この時代文字が使えたのは漢族だけでしたから、好き勝手に記録を書き地図を作りました。 あの『魏志倭人伝』にしたところで、三国時代に書かれた『三国志』の中に記述されているだけで、見聞録でもなく、あちこち飛び飛びに記述されているだけで、一項が設けられているわけではないようです。 実に勝手な噂と独断で書かれたものに過ぎません。 「倭国」にしても、ぼくの独断と偏見によれば、「大和国(やまとの国)」と呼ばれていると聞いて、「大」など使うものか、小人を意味する「倭」国で充分としたのでしょう。 卑弥呼にしても卑しいという蔑んだ意味を込めたものだったと思われます。 そんなものをありがたかって論争の根拠とするなどというのは、全くどうかしている。 やるなら、トール・ヘイエルダールがバルザ材の筏「コンティキ号」で漂流実験を行ったように、当時と同じ状況を作って実証実験をやるべきだと思うのです。 漢の時代は長く続くのですが、この時代人口が激減します。 そうすると農作物は取れず、その取り合いを巡って争いや農民反乱が多発すると、更に食料を欠くというスパイラルで、なんと人口が10分の1に減ってしまいました。 そんな状態で戦力が落ちた状態、人口が減った弱い状態で蜀・魏・呉の三国が小競り合いを繰り返していたのが三国時代の実態だったといえるのではないかと思います。 蜀・魏・呉の三国は周りの部族を取り込むことで国力を高めようとしました。 多くの遊牧民が流れ込んできます。 だから実質的にいって、漢族というのは何度も絶滅に瀕しており、北方民族と混血しながらいまの中国人になったといえます。 漢の人口減少は甚大だったようで、前漢の時代6000万人いたものが1500万人以下になったといわれています。 また後漢の終わり、黄巾の乱というのが起こった時には5000万人が500万になってしまった。 この時代、反乱が多発したのですが、これの理由の一つに漢字の普及がありました。 文字が普及し連絡伝達が自在になると戦いでの結束が高まることになったのです。 これはまた、次の三国時代における権謀術策や情報戦の発達を促したことになります。 今日の時代、インターネットの普及はこの時代に似た状況を生み出しているとも思え、これは注目すべきことではないかと思っています。 文字の普及によって反乱軍は強力になり、紛争多発。 すると食料は不足する中でまた争いなどとやっているうちに人口は減り、三国時代が終わると次の随唐宗の時代になります。 先に述べたように三国のうちの魏が強い北の遊牧民を取り込んで勝利したので、必然的に次の時代の随王朝というのは、遊牧民の国になりました。 続く唐もやはり遊牧民の国です。 「五胡十六国」という言葉があるのですが、これは匈奴による漢の建国から北魏による華北統一までに華北に興亡した民族・国の総称で「五つの異民族が十六の国を建てた」ということを意味しているわけです。 こういう遊牧民が創った国が随であり唐であるというわけです。 漢の時代、極めておおざっぱにいって、洛陽にいて漢字を使う人は漢人であり中国人と言っていいでしょう。 漢の後、唐になってもやはり漢人が主役だと誰でも思っているのでしょうが、実はそうではなく、唐ができた618年以降20世紀に至るまで中国の支配者は北の方の部族なのです。 唐の後の明、その後の清にしても同じことで、つまり唐の時代から1400年の間、中国は占領国だったという言い方ができるのです。 どこが占領したかというと、北の部族が次々とやってきます。 「五胡十六国」の時代には、傭兵の隊長が権力を握るということが起こります。 こうしたことは唐以後の時代になっても変わらない。 つまり、いま中国と呼ばれる地域には、土地はありましたが、国と呼ばれるものはありませんでした。 やってきたものが、王朝を作り自分で名乗りを上げる。 それでその王朝ができます。 遠くに家来を遣わして商売をする。 するとその地域は自分の領土として記録する。 まあそんな具合に、なにしろ漢字で文書が作れますから、好き勝手にやってきたわけです。 仮に少し突飛な作り話をすると、もし秀吉が中国にまで攻め進んでいたとしたら、そこに豊臣という王朝ができても何の不思議もなかった、まあそんな具合だったといっていい。 そして、いよいよヨーロッパの国々がやってきます。 そんな頃、併合した朝鮮を巡って、だいたい朝鮮がけしからんことをやったのがきっかけだったのですが、日清戦争が起こり、日本が勝利します。 これがきっかけで、清国では日本に見習って明治維新のような国づくりをしないといけないという動きがにわか高まります。 これが、中国の近代化の始まりであり、近代国家のスタートなのですが、中国の歴史書やそれに倣った日本の歴史書には、中国の近代化はアヘン戦争から始まるとなっています。 これは、毛沢東が日本に負けて近代化が始まるとするのは、面白くないとこの事件をパッシングし、英国ならやられても恰好がつくと考えて、いわばお得意の勝手な歴史の創作を行った結果といえます。 神代文字 さて、日本という島国は、世界でも珍しく同じ民族が住み同じ言葉を使っていました。 縄文の時代から大和言葉を使っていたとされています。 文字については、四世紀末の応神天皇期、百済の王仁が千字文で漢字をもたらしたのが始まりとされています。 しかし、もっと昔から日本には文字があったという説があります。 それは古代文字とも神代文字とも呼ばれており、これについては諸説があって、なかなか興味深いものです。 ぼくが思うには、おそらく神代文字は存在した。 しかし、表音文字である神代文字は漢字の渡来とともに消えた。 大陸の文化を表現する漢字は大きな価値を持っていたからです。 この漢字いう渡来文字を訓読みするという方法を考え、さらに経文の読み方の補助としてカタカナを、万葉仮名のような音読みからひらがなという独自の文字を作り出したのは私たちの先祖でした。 王制を革命によって倒したり、立憲君主制をとったりして近代化を果たしたヨーロッパ諸国は半ば必然的に帝国主義をとるようになり、侵略の対象を東に求めました。 この動きは日本にも及び日本は危機感を持ちました。 迫ってきた西欧の国家というものは、すべて国民国家でした。 日本も国民国家の形を整える必要に迫られます。 しかし考えてみれば、大和民族である日本人は、民族も同じ話す言葉も同じ土地も同じ、他の外国の国と違って特異的に国民国家の形をすべて備えていたわけです。 これが天皇を中心とした国家をつくる明治維新がほとんど無血革命ともいえる形で可能になった理由だと思います。 江戸時代の日本の文化程度・民度の高さは驚嘆すべきもので、他に例を見ないと言っていいと思います。 西洋の思想はどんどん入ってきました。 各藩や知識人たちは、多くの書物を所有していました。 そうした書物は、ほとんどみんな中国あるいは朝鮮経由でもたらされたと思われます。 しかしこれらの国は、まるでストローのような働きをしただけでした。 江戸時代から、各藩は多くの子弟を欧米に留学させていました。 彼らは帰国後、ヨーロッパで体得した概念や思想をすでに習得し尽くしていた漢字を使って翻訳しました。 この時、表意文字である漢字は、ちょうど数学における記号や変数のように概念の表現に有効だったわけです。 こうして、20万語ともいわれる和製漢字(国字)熟語が生み出されたのです。 膨大な西洋文物を明治人は実に適切な国字に翻訳しています。 その見識と教養の高さに感動を覚えてしまいます。 このように国字に翻訳して西洋文明を学んだのはアジアでは日本だけでした。 ぼくが1965年、初めての外国パキスタンに行った時、山登りに監視役として同行する連絡将校のサファラーズの友人の高校教師がぼくに問いかけました。 ぼくが化学の教師だと知ったからなのでしょう。 「日本では元素名や元素記号をどう書くのだ」 困りました。 それが本職ですから、元素記号や元素名は知っていますが、英語名を知らないのです。 水素はHydorogenで酸素はOxygenなどというは分かっても、ナトリウムSodiumなどというのは知りませんでした。 パキスタンの共通語はウルドー語でアラビア文字で書きます。 公用語は英語で、高校の授業では英語の教科書が使われています。 ぼくはまず、漢字とかなとカタカナについての説明から始めねばなりませんでした。 説明しながらも、ぼくは英語で元素名を言えなければ化学に関する会話が成り立たないではないかと考えていました。 ついでながら、この経験があって帰国後の授業では、元素の英語名を試験の項目に加えることにしたのです。 ところで、驚いたことに、このパキスタン人の高校化学の先生は、ぼくの説明を聞いて「日本語の元素名があるとはなんと素晴らしい!」といったのです。 考えてみれば、物理・化学・生物などそのすべてのいわゆる術語と呼ばれる専門的な用語には日本語名があることに気付いたのです。 それらがすべて明治の初めに作られたことを知りました。 日本ではそれまで無かった概念の哲学、社会、社会主義、経済、科学などを始めとして、膨大な熟語が作られました。 いくつかの例を挙げてみましょう。 国家、思想、国際、学校、学生、伝統、侵略、意識、現実、進化、理想、常識、改革、解放、闘争、運動、進歩、民主、同志、理学、物質、元素、分子、引力、電気、主観、客観、定義、命題、前提、演繹、帰納、郵便、銀行、概念、階級、社会科学、支配、批評、観念、唯物論、唯心論、印象、文明、交通、鉛筆、演説、会話、計画、原則、危機、情報、環境、化学、信用、王道、道場などなど。 もう少し挙げます。 歴史・民族・国家・宗教・信用・自然・目的・宗旨・代表・代価・国際・排外・基準・場合・伝統・継承・基地・元素・要素・学校・学生・警察・写真・法人・保険・常識・強制・経済・同化・出版・支配・公敵・哲学・理想・作用・新聞・図書館・記者・社会・主義・野蛮・発起・革命・思想・運動・計画・金融・交通・現実・会話・反対・原則・人道・演説・文明・広場・人民・意識・工業・論文・進歩・義務・・・。 このように西洋の思想を咀嚼し自家薬籠のものとしつつ国字を生み出した日本は、まず勝てないと列強が見ていた日清戦争に勝利します。 中国人も驚きました。 中国にも自分の国を近代化しないといけないと考える多くの若者がいました。 彼らは日本から学べとばかりに、大挙して日本にやってきます。 その中には建国の父と呼ばれる孫文はもちろん、毛沢東もいました。 この人たちに日本人は援助を惜しみませんでした。 孫文などは何度も日本に来て、日本人の妻をめとり娘までもうけていますが、帰国後一切の保護仕送りはしませんでした。 まことに恩知らずで、彼が主義なく手段を選ばぬ男と言われることが、ここにも見て取れると言えるでしょう。 数年して彼らは、多くの教科書を携えて帰国してゆきます。 そして、「ほとんどの本は持って帰ったから、日本が30年掛かった進歩をわれらは3年で成し遂げることができる」。 そうほざいたといいます。 ほんとうに明治の日本人は凄かったと思います。 それにひきかえいまの日本人はどうでしょう。 もっと明治の先覚が作った国字を誇りを持って使うべきではないでしょうか。 新聞の社説の記事にイシューとあるのは何ごとだ。 争点と書きなさい。 マニフェストは政見公約でいいし、アジェンダってなんだ。 そう思ってしまいます。 こんな例はいくらでもある。 ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力で充分です。 インフォームドコンセント、アウトソーシング、アライアンス、なんだこれは。 納得診療、外部委託、提携などの方がよほど据わりがいいではないか。 こういう言葉を連発する輩はあまり信用できないような気がしてしまいます。 現代政治家、財界人、知識人、メディアがこんな言葉を使いたがるのは、「和魂」も見識も喪失した亡国現象ともいえそうです。 一つの国で、漢字・カタカナ・平仮名が自由自在に国民全員が書けて話せる優秀な民族は世界のどこにもありません。 このことをしっかり認識した上で、国際的な共通語としての英語教育を考えるべきだと思うのです。 さて、「中華人民共和国」の人民も共和国も日本で作られた国字です。 日本領海を侵犯した船の名前「科学1号」の科学も国字です。 もう誰にでも明白なように、今日の中国は日常用語から政治、制度、経済、法律、自然科学、医学、教育、文化用語に至るまで日本語からの輸入文字で満ち溢れ近代生活は日本語の上に成り立ち営まれているといえるのです。 中国人学者王彬彬は、次のように述べています。 「現代中国語の中における日本語は、数量としても驚異的ですらある。 これらは日本人による西洋言語の翻訳を経て中国に伝来し、中国語の中に牢固たる根をおろしたのである。 わたしたちが毎日立派な議論をたたかわすのも、瞑想にふけったり思考したりするのも、東西世界を語るときに使用する概念は、ほとんど日本人がつくってくれたものである...。 ここまで思いいたると、実に鳥肌が立つぐらいである。 」 いかがですか。 中国に対する見方、中国の歴史への認識などが少し変わったのではないでしょうか。 最後に一つの地図を挙げておきたいと思います。 中国人はいつの時代にも、歴史においての最大版図を自分の国と認識します。 それが習慣というか思考判断形態のようです。 習近平さんはその理屈でチベットやウイグルを侵略し続けています。 仮にいま日本が中国になったとしてというか中国人の思考で考えてみたら日本の国はその最大版図はどうなるでしょうか。 日本は悪い戦争をしたわけではないし、だいたい戦争自体に良い悪いはありません。 あの戦争で日本が悪かったことといえば、負けたことでした。 二千年を越える歴史のなかでたった一回負けただけで、落ち込んだり反省したりする必要はありません。 負ける戦争はしないと決めて、平和を追求すればいいのです。 平和の反意語は戦争ではありません。 それは混乱と不統一なのです。 この稿を起こすにあたっては、武田邦彦の『現代のコペルニクス「中国」は「国」ではない』での宮脇淳子氏との対談を参考にしています。

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四字熟語一覧

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ぴかっと光ることやひらめきが起きる様子を表しています。 考え事をしているときに「一閃思いついた」と言うととてもかっこいいですね。 天と地が初めてでき、この世界が始まった時のことを指します。 「この地は開闢の頃から続く歴史がある」という風に使うと、とても博識な印象を受けます。 敵や邪魔者を追い払うという意味です。 日常生活では中々使いどころがない単語ですが、溜まった作業や宿題を「駆逐する」という風に使う方法もあります。 何だか重大なミッションを遂行するようでかっこいいですよね。 薄紫色のキク科の花で、星のような花びらから「Aster(アスター)」という英名がつけられています。 花言葉は「追憶」「君を忘れない」です。 遠くに離れてしまった友達にこの花を贈ると、とても気持ちがこもっているのが伝わってきます。 さまざまな、という意味で使われる言葉です。 日常会話の中でも「四方山な話ですが」という切り口で話し出すと、かっこよさが溢れて感じられますよね。 勇敢な人という意味がありますが、周囲を気にしていない乱暴さが込められている単語です。 人にやりたくないことを強要された時などに「蛮勇な行いはしたくないので」と言い返すと、語彙力が豊富な人というイメージがつきますね。 無欲で執着心の少ない人を表します。 どことなくさっぱりしている印象を感じますよね。 四字熟語では「虚勢恬淡(きょせいてんたん)」と言って、心が落ち着いていてさっぱりとしている人を指す言葉もあります。 穏やかな人に言いたいですね。 真夏に有明海と八代海の沿岸で光が異常な屈折の仕方をし、実際に海上で点灯している漁火よりも多くの灯りが見える現象を指します。 意味も知らないとなかなか使えない言葉ですね。 両目のことを指します。 「双眸で景色を眺める」や「彼を見つめる双眸の眼差し」など、小説などに出てきそうな言い回しです。 実際に使うことができたらかっこいいですね。 空の半分は晴れていて、半分は雨が降っている状態です。 実際にこの場面に遭遇したことがある人もいるのではないでしょうか。 とても神秘的な現象です。 「2人の思いはまるで片時雨のよう」と、恋愛を語る時に使うこともできますね。 とても遠い未来、もしくは過去のことを表します。 「久遠の時を超えても忘れない」などと言えたらかっこいいですよね。 文字の通り美しく、麗しい様子を表します。 その場にいるだけでパッと目を引くほどの美しさです。 とても綺麗な人や物に巡り合った時に使いたい言葉ですね。 見た目もかっこいい四字熟語です。 雲は試練を表しており、その試練の外側に青い天空を望めるという意味があります。 試練を乗り越えた先に爽やかな景色が広がるという意味です。 座右の銘にしてもいいですね。 突然起きて人々を驚かせる事件や出来事のことを指します。 「こんなことが起こるなんて、まさに青天の霹靂だ」というような使い方です。 何か驚いた時は是非使ってみましょう。 夫婦で仲良く生きて、一緒に年をとっていき最期は同じ墓に入るという意味があります。 まさに理想の夫婦像を表す四字熟語です。 結婚相手に対して伝えたい熟語ですね。 ずっと前から、早くからという意味があります。 「夙に準備していた」なら「ずっと前から準備していた」という意味になります。 さりげなく使いたい日本語です。 漢字の通り爆発する様子を表していますが、勢いよく破裂する様子も表しています。 風船などが破裂した時などに使ってもいい言葉ですね。 目には見えても手に取ることのできないものを表しています。 何か風情あるものや情景に触れた時の感想としても使える言葉です。 格好良さだけでなく美しさも感じられますね。 意味のあることをしないで、無駄に一生を終えてしまうことを意味しています。 「酔生夢死な生き方はしたくない」というように言うととてもかっこいいですね。 勢いがあって勇敢なことを意味しています。 何か物事に取り組むときに「獅子奮迅の思いで取り組みます」と言うととてもやる気が感じられますね。 暗い夜を意味しますが、特に新月の夜を表しています。 「闇」や「夜」など暗さを感じる言葉は漢字がとてもかっこいいですよね。 特に優れた才能のある人を指す言葉です。 何か人より秀でた才能がある人に向けて「彼はこのジャンルの英傑だ」というように使います。 夜明けの太陽が昇り始めたほんのり明るい闇のことを指します。 漢字の響きがとても美しいですね。 日本らしい漢字の組み合わせです。 桜の花のことを指します。 春の景色を思い浮かべることの出来る美しい言葉です。 青空と言う意味があります。 澄み渡るような改正を目にした時に「蒼穹の景色が広がっているね」などというと大変かっこよさを感じられます。 仏教において足の速い神様のことを指しますが、足の速い人自体を指して「韋駄天な走り」と言うことがあります。 大河ドラマのタイトルになったりもして、知名度も上がっている言葉です。 是非使いこなしたいですね。 勇ましくて強く、決断力があることを意味します。 チームを引っ張るリーダーのような存在です。 「彼は本当に勇猛果敢だ」や「勇猛果敢なリーダーになりたい」という使い方ができます。 東西南北、四方を司る四神を表しています。 鳥の姿をしており、南を守っています。 神々しさや燃え盛るような輝きが連想されますね。 少しの間、という意味があります。 「玉響の思い出」というと「少しの間の思い出」という意味になりますね。 美しい日本語です。 燃え盛る炎を表しています。 自分の情熱や熱意が燃え盛っている時に「紅蓮の思い」と表現してみるととてもかっこいいです。 漢字も美しいですね。 天に届くほど高い建物を指します。 日本でいうとスカイツリーを「摩天楼」と表現すると美しいですね。 海外に旅行に出かけて、天にも届きそうなほど高い建物を見たら是非使いたい表現です。 炎のように勢いがいいことを表しています。 先ほど紹介した「紅蓮」に勢いが加わっています。 「焰」という字がかっこよさを感じさせますね。 「神」という漢字が入っているだけでかっこよさが増しますね。 神様のために舞う舞楽を表しています。 神様が吹かせた風という意味があります。 形勢が明らかに劣勢であった時に風が吹き、そのおかげで九死に一生を得たという場合に「神風が吹いた」と使います。 朝空を見上げると、明るいにも関わらず月が浮かんでいることがありますよね。 この単語はそういう情景を表しています。 空を見上げた時に自然とそんな言葉が浮かぶとかっこいいですね。 「軒の玉水」というフレーズで使われることが多いですね。 軒下から滴り落ちる雨水のことを示しています。 玉水には清らかな水という意味があるので、美しさを感じられる単語です。 あちこち歩き回ったり、散歩したりすることを表しています。 ただ「散歩に行ってくる」というのではなく「少し逍遥してくる」というと昔らしい渋さがあってかっこいいですね。 鳳凰の子供、つまり将来素晴らしい功績を残すような人になるというのが確信されている子供のことを示しています。 画数も多く難しい漢字同士の組み合わせです。 昔の人が戦の時に、自分たちを鼓舞するために挙げた声のことを意味しています。 「鬨を挙げる」というと「歓声をあげる」という意味で使うこともできます。 月の満ち欠けを表しており、満月になった月が新月へとどんどん欠けていく時期のことを示しています。 夜空を見上げて「今日の月は虧月」と言えたらかっこいいですね。 大きな蛇のことを表しています。 なかなか日常生活で使うことのない漢字ですが、難しい漢字で書けるとかっこいいです。 「物憂げ」と書くことが多く、あまり見かけない珍しい漢字です。 やる気が起こらない、憂鬱という意味があります。 かっこいい日本語を覚えておこう! かっこいい日本語を紹介しました。 普段使うことがない漢字の単語はもちろん、聞いたことのない熟語・フレーズもたくさんありましたね。 ぜひ覚えておいて日常生活で使ってみましょう。 他にも参考になる記事を紹介します。

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