スポック 博士。 全部シリーズ・スポック博士

スポック博士の育児書とは

スポック 博士

初版は一九四六年。 それは二〇世紀最大のベストセラー。 なにしろ、全世界で25か国以上で翻訳され、3千万部以上も売れた。 それは〝育児書のバイブル〞とまで、持ち上げられ、絶賛されたのです。 日本では暮しの手帖社が独占翻訳権を獲得し、これもまた、国内で120万部以上という驚異的ベストセラーになっています。 (写B) この本がバイブルのままなら、メデタシ、メデタシ……で終わるところです。 ところが、その後、スポック博士は「全世界の母親に謝罪する」というコメントを発表しているのです。 つまり、育児書に致命的な間違いがあった。 博士は、それを認め、読者に謝ったのです。 世界的大ベストセラー。 その著者が、本のミスを認め謝った。 ただごとではありません。 じつは、私は今から36年も前に、その謝罪の事実を知っていました。 当時、日本消費者連盟スタッフで1980年、香港で開催された世界消費者大会に参加、そこでは各種テーマの分科会が開催され、その一つに「母乳育児」のワークショップもありました。 その場で欧米から参加の女性グループが博士の謝罪の事実を教えてくれたのです。 粉ミルク育児も母乳も同じ!? 『スポック博士の育児書』の致命的ミスとは粉ミルク育児を積極的に推奨したことです。 理由は「粉ミルクも母乳も違いはない」……とは! これは、決定的な誤りです。 粉ミルクは牛の乳で、たんぱく組成など、母乳とはまったく異なります。 さらに、粉ミルクには甘み付けで砂糖が入っている! 昨今、ようやく牛乳や砂糖の害が次々に指摘されています。 私は『スポック博士の育児書』の原書を読んでビックリしました。 「母乳は早ければ一か月、遅くとも四か月で断乳し、粉ミルクに切替えましょう」と勧めている。 不自然な人工栄養の粉ミルク育児こそ、後にアトピー発生等の大要因となることなどは小児科医、真弓定夫医師らが長年、指摘しているとおり。 日本の母乳運動の第一人者、城所尚代さんも香港大会に参加していた一人。 スポック博士謝罪の経過を解説していただきました。 「博士は晩年病気になり、マクロビオティックの久司道夫氏に食事指導を求め、回復しています。 久司氏は、ベジタリアンとなった彼が、乳児に粉ミルクや牛乳を勧めていたことを批判し『あなたが死んだあと恥をかくから、著書を書き直せ』と進言したのです。 改訂版は七版にもなり、死亡するまで改定し続け、その後、妻により2004年、第八刷まで改定しています」。 結局、世界で3千万人以上の母親が〝騙された〞ことになります。 過ちの禍根はあまりに大きい……。 veggy ベジィ 2016年 6 月号 vol. 5 より 世界ベジタリアン協会(IVU)認定の『日本ベジタリアン協会』からも推薦された、日本ではじめてのベジタリアン向けライフスタイルマガジ『veggy』。 今、注目を集めているオーガニック、マクロビオティック、ローフードを取り入れるライフスタイルを提案。 国内だけでなく世界中のベジィ情報をピックアップしていることが本誌ならではの魅力です。

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スポック 博士

小児科医のベンジャミン・スポック博士は世界中でベストセラーになった「育児書」を書いた人物です。 ものみの塔出版物にもスポック博士の小児科医としての意見が何度か載せられています。 それと同時に「ものみの塔」はスポック博士に対する中傷ともとれるコメントを掲載しています。 まずは、ものみの塔の文面を見てみましょう。 その博士が, 自分のアドバイスが間違っていたことを認めたのです。 このように、ものみの塔はベンジャミン・スポック博士が放任主義の提唱者で、後から自分のアドバイスを撤回した人物であるかのように宣伝しています。 これらのコメントはすべて聖書の助言の優位性を強調するために記載されています。 では実際のところスポック博士は協会が述べるような人物なのでしょうか? 放任主義の提唱者なのか スポック博士の「育児書」には放任主義を提唱するような文面は存在しません。 ではなぜ協会の出版物にスポックが放任主義の提唱者であるかのような主張がなされているのでしょうか? スポック博士はベトナム戦争に対して反対の立場をとっていました。 スポック博士に対する批判が出てきたのはそのころです。 この点についてのいきさつはスポック博士自身が1988年に出版した自著の中で次のように説明しています。 スポック博士 親ってなんだろう 246頁 (Dr. しかしその一方、私が漸次、厳しい姿勢に転換しつつあるという攻撃も始まっていました。 本当のところ、私はまるっきり反対の教育理念をもっています。 子どもが要求がましい態度を取り、非協力的である家庭を見るとき、私は心から困ったなと思い、憂慮するのです。 私の息子たちはインタヴューされるといつも、私が父親としてむしろ厳しい方だったと明言しています。 道でおりおり私に挨拶して、「スポック博士、あなたの本に励まされて私は二人の子どもを育ててきました。 自分ではその結果に満足しています」という人がいますが、たいていは付け加えるのです。 〈育児書〉の初版が出て以来、真剣にあの本を読み、実行した人たちで、私が子どもにたいしていい加減なところで妥協することを勧めていると考えている人は1人もいません。 あの本のなかで、私はむしろ正反対のことを強調しています。 すなわち、親は子どもにたいしてしっかりと、またはっきりと主導権を取り、彼らから協力と礼儀正しさを求めるべきだといっているのです。 私の子育て論の甘さにたいする最初の非難は、ベトナム戦争にたいする反対行動についてリンドン・ジョンソン政権が私を告発した二週間後に、ノーマン・ヴィンセント・ビール・ジュニア牧師の説教のうちに展開されました。 そんなことを遠回しに暗示するような言葉すらも、同書には見当らないはずです。 ビール牧師は、私がそれらの若者と同じくベトナム戦争に反対していたことから、私を標的にして自分自身の考えをぶつけたに過ぎません。 しかし同牧師の非難は、ベトナム戦争を支持するアメリカじゅうの保守的な新聞の論説委員やコラムニストの熱烈な支持を受けました。 彼らは若者の態度を憂え、その説明をどこかに求めようとしていたのでした。 ビール牧師の非難を取り上げてさらに宣伝したのは、スパイロー・アグニュー氏でした。 彼を覚えていますか。 アグニュー氏は、かつて知事であったメリーランド州の土建業者から引続き賄賂を受取っていたという理由で、副大統領の地位を辞任せざるをえなくなった人です。 幸い、私の子育て理論がアグニュー氏を育てたという非難を浴びせる者はいないでしょう。 氏は、〈育児書〉が世に出るまえにすでに大人になっていたのですから。 自分のアドバイスが誤りだと認めたか これについてもスポック自身が完全に否定しています。 そして誤解されたいきさつについて説明しています。 スポック博士 親ってなんだろう. 248頁 (Dr. Spock on Parenting 1988) さて、いまから十二年ばかりまえのこと、私が育児についての以前の考え方を撤回したという趣旨の新聞記事が出ました。 これは間接的には、レッドブック誌の予告にもとづいていました。 なぜ態度を変えるのか、説明してくれというインタヴューの依頼が全国から舞いこむようになりました。 私は、これまでにも甘い一方の態度を支持したことはないし、今回態度を変えたということもないとはっきり否定しましたが、不正確な報道がいったんひろがってしまうと反駁することは不可能で、私はいまでもほとんど毎週同じ質問にぶつかって、いい加減腹を立てています。 もちろん出版後、四十年以上もたっているのですから、〈育児書〉のある部分は改訂されています。 しかし子どもの扱い方や躾けに関する私の根本的な考え方は、いささかも変化していません。 私はこの場を借りて、それについていろいろな形でできるだけ明確に説明してみようと思うのです。 子どもは子どもなりに、成長しよう、より円然した人間になろう、責任感のある人問になろうと毎日一生懸命に努力します。 三歳から六歳までの間、子どもは尊敬する親をたえず見守り、彼らのようになろうと練習を重ねます。 このように、スポック博士はレッドブックという雑誌のコラム記事とその広告の表現によって「自説を撤回した」という誤解が広まったということを説明しています。 この点は1988年にスポック自身が明確に説明しているにも関わらず、ものみの塔協会は、それ以降にも「スポック博士は自分のアドバイスが間違っていたことを認めた」と宣伝し続けました。 スポック博士が実際に述べている事柄 以下が「スポック博士は自分のアドバイスが間違っていたことを認めた」という根拠になっている文面です。 レッドブック 1974年2月 20世紀において親たちは、子供たちをどう養育するかに関してより良く知っていると思える児童精神科医、心理学者、教師、ソーシャルワーカー、そして私のような小児科医に説得されるがままにされていました。 我々のような専門家が押しつけがましくすることは、母親や父親から何かを奪うむごいことです。 …我々は「自分たちがなんでも知っている」という態度をとると親たちの自信を喪失させるということに気付くのが遅すぎました。 スポック博士は自分のアドバイスが間違っていたことを認めたのでしょうか? スポック博士は自分自身を含めて「専門家」たちの押し付けがましい態度を戒めています。 しかし躾に関する考えを変えたとは述べられていません。 親たちの自信を喪失させるという点でも、スポック博士自身にそれほど落ち度はありません。 実際、スポック博士は「育児書」の中で、親は子育てに関して「あなたが考える以上にあなたは知っている」と述べ、子育てに自信を持つよう励ましています。 放任主義についてはどうでしょうか? 放任主義と受け取られたとするなら以下の文面かもしれませんが、これはあくまで授乳中の赤子を対象にして述べていることであって、放任主義の子育てとは異なるものです。 スポック博士の育児書 8 16 頁~ びくびくしないで赤ちゃんをおもう存分可愛がり、いつくしみなさい。 ビタミンやカロリーが必要なように、どんな赤ちゃんだって、やさしく、愛情をこめてほほえみかけたり、話しかけたり、いっしょに遊んでやることが必要なのです。 … 度をこさない限り、つまり赤ちゃんのドレイになりさえしなければ、赤ちゃんのしてほしがることは、しておやりなさい。 … 分別さえ失なわなければ、可愛がったからといって、赤ちゃんがわがままになるものではありません。 それに赤ちゃんは、突如として、わがままになるものでもありません。 お母さんの態度があいまいで、当然叱ってもいいときに、叱るのをためらったり、こどものいいなりになったりして、自分から赤ちゃんを暴君になるようにしむけるようなことをしているうちに、いつの間にか赤ちゃんはわがままな子になっていくのです。 さらに以下のような文面がありますが、これを放任主義と言えるものではないでしょう。 スポック博士の育児書 16 32 頁~ きびしく育てようときめたなら、そうおやりなさい。 こどもが明るく、あたたかく、育てられているのなら、お行儀よくしなさいとか、いわれたことはすぐにやりなさいとか、整理整頓をよくしなさいと少しくらいきびしくしても、こどものためをおもってやっているかぎり、こどもがいじけたりすることはありません。 しかし、こどものすることには何でもかでも反対し、おしつけがましく、こどもの個性や年令も考えないで、ただもう厳格にするというのであれば、いくじのない子、個性のない子、いじわるな子をつくることになってしまいます。 こどものしつけには、ふだん、わりにのんびりしている両親、たとえば人なつこい子だったら行儀がわるくても何ともいわないとか、ぐずでもだらしなくても大して気にならないとか、そんな両親でも、ここは大事だとおもったことは、きちんと厳格にしさえしたら、けっこうおもいやりがあって、ほかの人とうまくやってゆける子を育て上げることができるものです。 のんびり育てて、こどもがおもうような子にならなければ、親は甘すぎたと考えるかもしれません。 むろん、それも原因の一部かもしれませんが、それがすべてではないのです。 むしろ、親がこうさせたいとおもいながら自信がなく、ぐずぐずしていたり、そうしてはいけないのかと気がとがめたり、知らずしらずに、こどものわがままを、そのままにさせていたためのことが、多いのです。 このように見ていくと、冒頭で引用した「ものみの塔」が述べるスポック博士に関するコメントがいかにいい加減で、あてにならないものであるかが理解できると思います。 スポックは子どもの行動を何でも許容する考えを思い起こさせる「自由放任主義」を提唱していませんでした。 スポックの述べることは1940年代のアメリカでは革命的に映ったかもしれませんが、子どもの良い特性を尊重する考え方は現代のほとんどすべての専門家が同じように述べている事柄です。 ものみの塔協会は1997年に8月8日号の目ざめよ!誌で「子供をのびのび育てる」と題する記事を掲載し昔ながらの厳格な子育てを否定する仕方で聖書の解釈を解説しています。 スポックは協会より時代を先行していたに過ぎないのです。 協会はスポック博士の例を取り上げ、聖書の教えが変わることなく、一般のアドバイスより優れているということを強調しています。 しかし実際に最も不安定なのは協会の説明なのではないかと感じてしまいます。 記事の終わり.

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スポック博士の育児書とは

スポック 博士

スポック博士なのかは不明ですが、私の母は、その当時最新といわれていた育児をしてきていました。 母は前置胎盤で帝王切開で2ヶ月早く生まれたこともあり、私はミルク育ちでした。 子供部屋で常に一人寝を訓練させていたようで、今で言う泣かせるネントレかと思います。 亡くなった祖父がよく、泣いて可愛そうだから抱っこしようとすると、ダメだと言われたと言っていました。 三歳くらいの記憶では、自分で既にベッドに行き朝まで寝ていました。 抱き癖がつくという理由で、父もお風呂や、車で寝てしまった時以外は抱っこしたことなかったかもーと言ってます。 今とは違いチャイルドシートが無かったから、三歳未満では抱っこでの乗車とは思います。 小学生くらいになったあたりで、急に母が添い寝をしようと言ったり、ギューしようと言ってしていましたが、違和感がすごくありました。 たぶん、その頃に育児のあり方が見直されて抱っこや添い寝が大切とうたわれたのだろうと感じています。 母は保母をしていたので、新しい育児には他のお母さんたちより情報が早かったのだろうと思います。 一人っ子という事もあり、また母も教育熱心だったので、自立する事を求められました。 育児のせいかはわかりませんが、もう少し、せめて中学生辺りまでは甘えていたかったなぁ、そしたら母をもっと好きになり、信頼できたかもしれないなぁと感じます。 今子育てしていて、何が正しいかはわかりませんが、子供の要望を何でも叶えてはあげられないけど、可能な限りは抱っこやおんぶ、抱き締めています。 自分が育ててもらった方法は、行き過ぎ感があります。 今はネットなどから沢山の情報が得られ便利ですが、出産した産院では「親のペースで、子供を見ながら決めていくのがベスト。 三歳未満では向き不向きがあり言葉や理解が未熟だから、自然と自立する促しの方が母子ともにストレスを貯めずに過ごせる」と言われたのを納得出来、そうできるように過ごしています。 今はいろんな情報が沢山ありますから、いいとこ取りでやってます。

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