船戸ゆあちゃん。 船戸雄大・船戸優里の生い立ちから裁判!結愛ちゃん虐待の理由とは【画像】

結愛ちゃん「もうゆるして」虐待死亡事件 母親 船戸優里のFacebookも

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10月1日 船戸雄大裁判初日 船戸雄大被告は初公判で「結愛さんの体に危険が及んだのを感じたのは3月1日ごろだったと思います。 他は間違いありません」などと述べ、起訴内容を大筋で認めた。 また、結愛ちゃんの死亡直前まで衰弱に気付かなかったとも述べた。 検察側は冒頭陳述で「結愛ちゃんに水シャワーを浴びせたり食事制限をしたりしたほか、顔を何回も殴った」と指摘。 これに対し、弁護側は「結愛ちゃんが過度に食事を取っていることに気付き、理想の子どもにするために食事制限をした」などと述べ、雄大被告が涙を拭う場面も見られた。 10月2日 船戸雄大裁判2日目 裁判2日目では、結愛ちゃんが書いたメモが読み上げられた。 「おきたじかん3じ55ふん、うんどうしたじかん5じ8ふん」などと、結愛ちゃんが虐待を受けながらも、船戸雄大被告からの厳しい課題をこなした記録を書き残したメモであった。 youtube. メモの中で船戸雄大被告は 「結愛、一生懸命」「結愛、ごめんなさい」「結愛、うそ」などから始まる複数のチャート図を書いており、結愛ちゃんに対して生活に関する詳細な指示をしていたとみられます。 また、結愛ちゃんが「おねがい、ゆるしてください」などと書き残したメモなどがモニターに映し出されると、初日に続き、雄大被告は頬を紅潮させ、しきりに瞬きをしながら見つめる場面も見られた。 10月3日 船戸雄大裁判3日目 裁判3日目には一家が2016年から暮らしていた香川県の児童相談所の職員が出廷し証言しました。 香川県の児童相談所は、怪我をした状態で自宅外に放置された結愛ちゃんを2度一時保護しています。 元担当者は、1度目の保護中に、 雄大被告が「しつけをしなかった実の父親がとがめられず、自分がとがめられるのは納得できない。 児相は親が悪いと思っているだろうが、子どもに問題がある」と話した。 とも証言し、「子どもが悪いと堂々と言うことにあぜんとした」と話しました。 また、一時保護されているときの結愛ちゃんの生活態度については 「トラブルもなく、困ったことはなかった。 」と話しました。 fnn. 2018年3月に逮捕されてから約1年半ぶりの対面となる船戸雄大被告と優里被告。 法廷では、弁護側の席の前には互いの姿が見えないよう、5メートルほどの青いついたてが置かれ厳重な遮蔽措置が取られた。 fnn. その際にはこんな言葉を漏らした。 優里被告:こわい… ついたて越しに優里被告の声を聞いた雄大被告は、それまで緩やかに閉じていた目に力が入り、また口元も強く結んだ様子だった。 その後、証言台に立った優里被告は雄大被告と結愛ちゃんの関係性について聞かれると、 優里被告:最初は雄大ととても仲が良くて、結愛もすごくなついていました。 検察官:香川でその生活がずっと続いた? 優里被告:続かなかった。 だんだん結愛に厳しくなってきた。 最初に結愛のお腹を蹴っているのを見ました。 なぜ雄大被告が結愛ちゃんに対して厳しくなっていたのか?と、その理由を問われた優里被告は次のように証言した。 優里被告:結愛にはとても賢いエピソードがあり、この子は賢いと褒められて、そこからこれもできるあれもできると始まり、しつけに変わっていった。 その歯止めがきかなくなったのかなと思います。 裁判長:優里さんは雄大被告の言いなりになっているのはなぜですか? 優里被告:私がバカだからです。 優里被告が検察官や裁判長とのやり取りをしているこの間、雄大被告は膝に額をつけるほど顔を伏せたり、顔をくしゃくしゃにして泣きながら証言を聞いていた。 そして、その雄大被告との今後の関係について問われた優里被告は… 優里被告:結愛のことも息子のことも私一人だけじゃ二人を守れないけど、助けてくれる人がいるので、もう結愛と息子には近づかないでほしいです。 声を震わせながらも雄大被告との決別の思いを伝えるように語気を強め答えた。 優里被告は休廷に入った際「うそついてないもん、私!」と声を荒らげて泣きながら法廷を後にする姿も見られた。 10月4日 船戸雄大裁判4日目 10月4日の被告人質問で雄大被告は「私が親になろうとしてごめんなさい」と涙ながらに後悔を語り、結愛ちゃんが残したメモについても胸の内を明かした。 弁護側:船戸さんの理想の家族はどんな家族でしたか? 雄大被告:明るく笑顔が多い家族です 弁護側:子供の理想はどのようなものでしたか? 雄大被告:友達が多くて明るく、女の子なので、かわいい子でした 結愛ちゃんの虐待死をめぐる裁判の被告人質問で、この日、理想の家族像を語った雄大被告。 また結婚当初に抱いていた不安についても明かした。 弁護側:プレッシャーはありましたか? 雄大被告:ものすごく大きかったです。 いろいろな面から親としての責任を感じていました。 将来、結愛が大丈夫かという不安です。 自分も父親代わりになれるか不安でした。 暮らし始めた当初は、勉強や食事など父親として、結愛ちゃんへのしつけにも力を注いでいたといいう。 しつけの一環として最初の頃は「鬼に食べられる」「お化けが出る」などと言葉をかけていたものの、しつけがうまくいかない苛立ちから手を上げるようになっっていったと話した。 そして結愛ちゃんが死亡する直前の2019年2月下旬の暴行について、雄大被告は「勉強を1人でやらせていて、子供部屋を見に行ったら布団を広げて寝ていました。 『なぜ寝ているんだと』厳しい口調で言った。 最終的には殴っていくことになりました。 両手を使って結愛の顔のどこかを複数回手加減したとも言えない力で殴りました」と語った。 そして、衰弱の末、結愛ちゃんの意識が薄れつつある中での最後のやり取りについて語った。 雄大被告:意識を確認するために大きな声で話しました。 「グーパーできるか」と大きな声で聞いたところ、ゆっくりですが一度目は聞き取って、ゆっくりグーパーしていました 裁判官:結果的に病院に連れて行かなかったのはなぜですか? 雄大被告:保身という自分個人に対する意味です 裁判官:保身とは? 雄大被告:事件が発覚して、私が虐待した事実にもとづき逮捕され、家族がバラバラになってしまうことです 法廷では、雄大被告がひどく泣き崩れる場面もあった。 それは、結愛ちゃんに対する気持ちを問われたとき… 雄大被告:私が親になろうとしてごめんなさい…そういう気持ちです そして、女性検察官から、結愛ちゃんがつづったあの許しをこうメモについて問われると… 検察側:結愛ちゃんが書いたメモを読んでいますよね?どう思いましたか? 雄大被告:あの子の悲しみとか心の痛みがあれじゃ語り尽くせないというか、私の意向で書かせたことが申し訳ないです 検察側:どのくだりに悲しみを感じましたか? 雄大被告:無理やり書かされて、私の機嫌を取るためだけ。 そこが一番申し訳ない。 情けないです。 10月7日 船戸雄大裁判5日目 5日目となったこの日、検察側は船戸雄大の虐待について「自己に従わない怒りで虐待し、この上なく悪質」とし、懲役18年を求刑した。 一方、弁護側は最終弁論で懲役9年が相当と訴え結審した。 検察側は論告で、雄大被告は16年11月ごろに結愛ちゃんに暴力を振るい始め、一家が香川県から目黒区に転居した18年1月23日ごろから苛烈な食事制限をしたと主張。 これにより「39日間で体重の約25%を失った」とした。 さらに、優里被告に対してのDVについても「説教で共犯者に引き入れ、夫婦で児童相談所の接触も拒否した」と指摘。 「2月24~26日には風呂場で10回以上殴打した。 27日に『12キロ台はやばい』などと命の危険を感じたのに、病院に連れて行かなかった」とし、「一体子どもを何と思っているのか。 結愛ちゃんは逃げることもできず、絶望しかなかった」と厳しく非難した。 一方、弁護側は2月下旬にあった暴行については認めつつ、「親であろうという気持ちが根底にあった」と主張。 「被告が命の危険を認識したのは(結愛ちゃんが死亡する前日の)3月1日だった」と訴えた。 雄大被告は最終意見陳述で、すすり泣きながら「本当に、本当に申し訳ありませんでした」と声を絞り出し、何度も頭を下げた。 船戸雄大被告への判決は15日に言い渡されます。 10月15日 船戸雄大被告に懲役13年の判決、裁判長は説諭の言葉もかけず 10月15日火曜日、保護責任者遺棄致死などの罪に問われていた船戸結愛ちゃんの父親・船戸雄大被告に対し、東京地裁(守下実裁判長)の裁判員裁判は15日、懲役13年(求刑懲役18年)の判決を言い渡した。 保護責任者遺棄致死罪の判決としては、16年1月の埼玉県狭山市の3歳女児虐待死事件の母親への懲役13年と並び最も重い判決となった。 弁護側は「雄大被告が結愛ちゃんの生命の危険を認識したのは死亡前日。 自ら119番通報もしている。 死亡するまで放置する最も悪質な部類とは異なる。 」として、懲役9年が相当だと主張した。 これに対し判決は、「遅くとも2月27日までには認識していた」として主張を退けた。 またその上で 「虐待は苛烈」「暴行は執拗かつ強度」と認定した。 守下裁判長は母親優里被告(懲役8年、控訴中)の公判も担当していた。 優里被告に対しては判決後、「結愛ちゃんは戻ってきませんが、こうなってしまったことを裁判が終わってからもしっかり考えて下さい。 人生をやり直して下さい」と説諭する場面もあったが、雄大被告には控訴手続きを説明すると「言い渡しを終わります」とだけ語り、説諭の言葉をかけなかった。 雄大被告は太ももに両手を置いてうつむいたまま判決を聞き、表情を見せなかった。 船戸雄大被告 起訴内容 起訴状によると、船戸雄大被告は2018年1月下旬頃からから娘である結愛ちゃんに十分な食事を与えず、また顔や体を殴るなどの暴行を加えた。 そして、虐待が発覚するのを恐れて衰弱する結愛ちゃんに医療措置を受けさせず、3月2日に肺炎による敗血症で死亡させたとされています。 同じく、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27歳)については、先月17日、東京地裁で懲役8年の判決を言い渡されたが、これを不服として9月30日に控訴していた。 船戸雄大被告と優里被告は香川県に住んでいた。 2人は2016年4月に結婚し、香川県で生活を始める。 結愛ちゃんは優里被告と前夫との間に生まれた娘で、船戸雄大被告は実子となる長男が生まれた2016年11月ごろから結愛ちゃんに暴行を加えるようになった。 一家はその後、東京都目黒区へ転居し。 2018年1月下旬頃から結愛ちゃんの食事を制限するように。 当時、16・66キロあった結愛ちゃんの体重は十分な食事を摂れず、死亡時には12. 2キロにまで減っていた。 また、結愛ちゃんの外出も制限し、家庭内で暴力を振るっていたとみられ、結愛ちゃんの遺体には170カ所以上の傷やあざがあった。 結愛ちゃんが生活していた6畳間からは、結愛ちゃんの字で「ゆるして ゆるしてください」と書かれたノートが見つかっている。 優里被告は自身の公判で、雄大被告に怒られるのを防ぐため、結愛ちゃんと一緒に書いていたと証言していた。 船戸雄大の公判が始まる みんなの意見 私は現在、産婦人科で入院をしてますが、 船戸雄大の初公判を目前に控え、 この目でしっかりと裁判を見ます。 この判決を見届け、 身重ではありますが 結愛ちゃんの墓前にて手を合わせるつもりです。 虐待に対する意識を変え、 私の人生、行動を大きく変えた事件です。 優里は控訴。 こいつらまとめて死刑でいいのに。 日本社会にいりません。 — のん nf7jItTJDeWoXGO 船戸雄大は外面がいいので有名だったよね?涙は嘘だよ。 こいつ演技得意だから。 — のん nf7jItTJDeWoXGO 船戸雄大も優里も死ねばいいのに。 何で結愛ちゃんが死んであんたらが生きてんの?生きてるだけでもおこがましいのに刑を軽くしようなんてバカか。 法廷で泣きながら「死んで結愛のところに行きたい」って言ってたくせに。 なら死ねよ。 — のん nf7jItTJDeWoXGO 船戸雄大被告 裁判中に涙を流したらしいが 結愛ちゃんは泣いてお前に縋ったのに突き放し殺したのはお前だよ。 お前の涙なんて何の価値もない。 弁護側が被告なりに親としての愛情持ってたとか言ってるけど そんなのがなんの弁明になるわけ?汚いんだよ こいつと母親の名前は絶対忘れてはいけない。 — 油田生まれ daikonsyuf.

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結愛ちゃん父に懲役13年の判決 目黒虐待死で東京地裁:朝日新聞デジタル

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そのため検察官は「今回の争点は、被告人にいかなる刑を科すべきか。 つまりは量刑をどうすべきか」と語りかけ、次のように時系列に内容を整理した。 優里被告と夫の雄大被告は、2016年4月に、香川県で結婚。 この時、雄大被告は被告人の連れ子である結愛ちゃんとも養子縁組した。 当時、香川県で暮らしていた一家。 同年9月、二人の間には結愛ちゃんの弟が生まれた。 この頃から、雄大被告の結愛ちゃんに対する暴行が始まった。 この年の12月26日には、雄大被告の暴行をきっかけとして、結愛ちゃんは香川県の児童相談所に一時保護される。 年末年始を挟み、翌年の2017年2月1日、一時保護が解除される。 しかし3月19日、結愛ちゃんは再度一時保護される。 7月30日、再び一時保護が解除されて家に戻った。 この解除に伴い「児童福祉司指導措置」という行政処分が付された。 「継続して児童やその保護者、家庭環境の支援が必要」と判断した場合に付けられるものだ。 この頃、東京への引っ越しの話が持ち上がり、12月に雄大被告が単独で上京。 2018年1月4日、香川県で結愛ちゃんと優里被告が病院へ通院した最後の日になった。 この時、身長は105. 2cm、体重は16. 66kgだった。 そして児童福祉指導措置が解除された。 児相からも病院からも転居先を聞かれたが、優里被告は知っていたにもかかわらず告げることはなかった。 1月23日、家族全員が東京に転居する。 移動中の電車内では、優里被告が子どもたちの写真を撮影した。 これが結愛ちゃんの最後の画像だった。 39日後の3月2日、結愛ちゃんは死亡する。 この間、東京に来てから結愛ちゃんは自宅からほぼ外出できなかった。 結愛ちゃんは、アパートの6畳間の部屋で過ごしていたという。 一方で、結愛ちゃん以外の家族は日常的に外出し、浅草などに観光に出ることもあった。 結愛ちゃんは達成困難な課題を与えられ、できないとベランダに立たせる、水シャワーを浴びせるなどの折檻を受けていた。 食事は当初、優里被告が汁物や野菜を与えていたが、その後は優里被告か雄大被告が1日あたり汁物1~2杯程度を与えるにとどまった。 2月8日ごろから、結愛ちゃんは日常的に勉強時間や体重を計測し、ノートなどに記載していた。 これは2月27日まで続いていた。 中旬は体重が14㎏台、下旬には13㎏台に下がっていった。 食事の記載は2月19日までだった。 2月9日、品川の児童相談所が家庭訪問に来る。 しかし応対をした優里被告は、結愛ちゃんを児相職員に会わせようとせず、関与を断った。 泣き声が響く法廷、結愛ちゃんの死亡時の状況を聞きながら混乱状態に 検察側の陳述は後半に入り、結愛ちゃんが殴られ衰弱していく様子を語り始める。 優里被告は過換気症候群のように浅く息を吐きながら、小刻みに震え出したように見えた。 検察官は続ける。 2月下旬ごろには、雄大被告が結愛ちゃんの顔面を殴打し、顔が腫れ上がることがあった。 2月27日ごろから、結愛ちゃんは嘔吐を繰り返すようになる。 ただ、顔のケガなどから虐待の発覚を恐れて通報はしなかった。 その結果、容体が悪化。 3月2日、雄大被告が119番通報をする。 消防隊や救急隊がアパートに臨場し、救急病院に搬送したが、搬送先の病院で死亡が確認された。 「ヒック…ヒック……ハッハッ…ヒィヒィ」という音が法廷にこだました。 優里被告は泣くのをこらえるように唇を噛んだり口を開いたりして、黒いハンカチで顔をぬぐう。 「5歳11カ月の生涯でした」 検察官が、そう結ぶと、優里被告はハンカチを口に押し付けながら「グゥゥ」とうなるように声を絞り、せき込み始めた。 「死亡時、被害者の体には新旧多数の傷が存在し、被害者の身長は108cm、体重は12. 2㎏になっていました」 優里被告は声を抑えられなくなり、机に伏して鼻をすすりながら、声をあげて泣いていた。 検察官は、「いかなる刑を科すべきか」について4つの重視すべきポイントを説明し始める。 第1に、犯行対応の悪質性。 優里被告や雄大被告による一連の虐待行為の内容などだ。 第2に、優里被告の役割の重大性。 虐待行為への関与や程度についてが考慮される。 第3に、責任・非難の程度。 この2、3は主張が弁護側と検察側で対立している。 そして第4に、結果の重大性。 「5歳の被害者が死亡し、その生命が失われたという結果についても考えてもらいたい」 優里被告はイスの背もたれに寄りかかり、反るようにして顔をあげた。 だんだんひきつけの程度が激しくなり、今度は頭を机の上に下げるようにして泣き崩れた。 弁護人が背中をさする。 「大丈夫?」と声を掛ける。 優里被告は声にならない音を出しながら答えようとした。 検察官は、今後の証拠調べの予定を説明する段階に入った。 裁判長が検察官の言葉を止め、優里被告の様子を弁護人に確かめる。 「ちょっと過呼吸状態です。 しびれるんです。 手も冷たいし、しびれているし、もうちょっとで休廷ですからね。 大丈夫?」と弁護人が優里被告を見る。 裁判長は「どうするかな…」とこぼし様子をうかがう。 頷く優里被告に弁護人が「彼女、頑張ると思います」と代弁した。 その回答に裁判長が「伝わっているので」と検察官に説明。 検察官は「続けていいですか。 では証拠調べの順序を伝えます」と続けた。 証拠調べでは雄大被告の供述調書、児童相談所の証言も 証拠調べでは、被告人らの行為によって、被害者が亡くなった時にどのような状態だったかを立証する。 9月3日は、現場に最初に臨場した消防隊の隊長、そして小児救急の専門家が呼ばれた。 4日には、品川児相の担当者を呼ぶ予定だ。 この日は、結愛ちゃんが生前に書き残したノートの内容や、被告人らのLINEのやり取りなどが語られる。 5、6日には、香川県の児相担当者、そして香川県で通院していた病院の担当医が法廷で証言するほか、雄大被告の供述調書などが出され、優里被告への質問も予定されているという。 「被告人が犯した罪に見合った適切な刑罰を決めていただきたいと思います」 検察官はそう述べて、冒頭陳述を終了した。 () 5歳児を追い込んだ虐待の背景は。 公判で語られた事件の内容を詳報します 2018年の優里被告の逮捕時、自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」と切実に訴えるその内容に、事件は大きく、注目を集めた。 そうした世論は、行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。 この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 この記事には虐待とDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 DVや虐待の。

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船戸結愛(ゆあ)ちゃん【facebook画像】がかわいい!!ノート全文とは??

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そのため検察官は「今回の争点は、被告人にいかなる刑を科すべきか。 つまりは量刑をどうすべきか」と語りかけ、次のように時系列に内容を整理した。 優里被告と夫の雄大被告は、2016年4月に、香川県で結婚。 この時、雄大被告は被告人の連れ子である結愛ちゃんとも養子縁組した。 当時、香川県で暮らしていた一家。 同年9月、二人の間には結愛ちゃんの弟が生まれた。 この頃から、雄大被告の結愛ちゃんに対する暴行が始まった。 この年の12月26日には、雄大被告の暴行をきっかけとして、結愛ちゃんは香川県の児童相談所に一時保護される。 年末年始を挟み、翌年の2017年2月1日、一時保護が解除される。 しかし3月19日、結愛ちゃんは再度一時保護される。 7月30日、再び一時保護が解除されて家に戻った。 この解除に伴い「児童福祉司指導措置」という行政処分が付された。 「継続して児童やその保護者、家庭環境の支援が必要」と判断した場合に付けられるものだ。 この頃、東京への引っ越しの話が持ち上がり、12月に雄大被告が単独で上京。 2018年1月4日、香川県で結愛ちゃんと優里被告が病院へ通院した最後の日になった。 この時、身長は105. 2cm、体重は16. 66kgだった。 そして児童福祉指導措置が解除された。 児相からも病院からも転居先を聞かれたが、優里被告は知っていたにもかかわらず告げることはなかった。 1月23日、家族全員が東京に転居する。 移動中の電車内では、優里被告が子どもたちの写真を撮影した。 これが結愛ちゃんの最後の画像だった。 39日後の3月2日、結愛ちゃんは死亡する。 この間、東京に来てから結愛ちゃんは自宅からほぼ外出できなかった。 結愛ちゃんは、アパートの6畳間の部屋で過ごしていたという。 一方で、結愛ちゃん以外の家族は日常的に外出し、浅草などに観光に出ることもあった。 結愛ちゃんは達成困難な課題を与えられ、できないとベランダに立たせる、水シャワーを浴びせるなどの折檻を受けていた。 食事は当初、優里被告が汁物や野菜を与えていたが、その後は優里被告か雄大被告が1日あたり汁物1~2杯程度を与えるにとどまった。 2月8日ごろから、結愛ちゃんは日常的に勉強時間や体重を計測し、ノートなどに記載していた。 これは2月27日まで続いていた。 中旬は体重が14㎏台、下旬には13㎏台に下がっていった。 食事の記載は2月19日までだった。 2月9日、品川の児童相談所が家庭訪問に来る。 しかし応対をした優里被告は、結愛ちゃんを児相職員に会わせようとせず、関与を断った。 泣き声が響く法廷、結愛ちゃんの死亡時の状況を聞きながら混乱状態に 検察側の陳述は後半に入り、結愛ちゃんが殴られ衰弱していく様子を語り始める。 優里被告は過換気症候群のように浅く息を吐きながら、小刻みに震え出したように見えた。 検察官は続ける。 2月下旬ごろには、雄大被告が結愛ちゃんの顔面を殴打し、顔が腫れ上がることがあった。 2月27日ごろから、結愛ちゃんは嘔吐を繰り返すようになる。 ただ、顔のケガなどから虐待の発覚を恐れて通報はしなかった。 その結果、容体が悪化。 3月2日、雄大被告が119番通報をする。 消防隊や救急隊がアパートに臨場し、救急病院に搬送したが、搬送先の病院で死亡が確認された。 「ヒック…ヒック……ハッハッ…ヒィヒィ」という音が法廷にこだました。 優里被告は泣くのをこらえるように唇を噛んだり口を開いたりして、黒いハンカチで顔をぬぐう。 「5歳11カ月の生涯でした」 検察官が、そう結ぶと、優里被告はハンカチを口に押し付けながら「グゥゥ」とうなるように声を絞り、せき込み始めた。 「死亡時、被害者の体には新旧多数の傷が存在し、被害者の身長は108cm、体重は12. 2㎏になっていました」 優里被告は声を抑えられなくなり、机に伏して鼻をすすりながら、声をあげて泣いていた。 検察官は、「いかなる刑を科すべきか」について4つの重視すべきポイントを説明し始める。 第1に、犯行対応の悪質性。 優里被告や雄大被告による一連の虐待行為の内容などだ。 第2に、優里被告の役割の重大性。 虐待行為への関与や程度についてが考慮される。 第3に、責任・非難の程度。 この2、3は主張が弁護側と検察側で対立している。 そして第4に、結果の重大性。 「5歳の被害者が死亡し、その生命が失われたという結果についても考えてもらいたい」 優里被告はイスの背もたれに寄りかかり、反るようにして顔をあげた。 だんだんひきつけの程度が激しくなり、今度は頭を机の上に下げるようにして泣き崩れた。 弁護人が背中をさする。 「大丈夫?」と声を掛ける。 優里被告は声にならない音を出しながら答えようとした。 検察官は、今後の証拠調べの予定を説明する段階に入った。 裁判長が検察官の言葉を止め、優里被告の様子を弁護人に確かめる。 「ちょっと過呼吸状態です。 しびれるんです。 手も冷たいし、しびれているし、もうちょっとで休廷ですからね。 大丈夫?」と弁護人が優里被告を見る。 裁判長は「どうするかな…」とこぼし様子をうかがう。 頷く優里被告に弁護人が「彼女、頑張ると思います」と代弁した。 その回答に裁判長が「伝わっているので」と検察官に説明。 検察官は「続けていいですか。 では証拠調べの順序を伝えます」と続けた。 証拠調べでは雄大被告の供述調書、児童相談所の証言も 証拠調べでは、被告人らの行為によって、被害者が亡くなった時にどのような状態だったかを立証する。 9月3日は、現場に最初に臨場した消防隊の隊長、そして小児救急の専門家が呼ばれた。 4日には、品川児相の担当者を呼ぶ予定だ。 この日は、結愛ちゃんが生前に書き残したノートの内容や、被告人らのLINEのやり取りなどが語られる。 5、6日には、香川県の児相担当者、そして香川県で通院していた病院の担当医が法廷で証言するほか、雄大被告の供述調書などが出され、優里被告への質問も予定されているという。 「被告人が犯した罪に見合った適切な刑罰を決めていただきたいと思います」 検察官はそう述べて、冒頭陳述を終了した。 () 5歳児を追い込んだ虐待の背景は。 公判で語られた事件の内容を詳報します 2018年の優里被告の逮捕時、自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」と切実に訴えるその内容に、事件は大きく、注目を集めた。 そうした世論は、行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。 この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 この記事には虐待とDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 DVや虐待の。

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